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2012/09/21(金)
★10月2日「弘智講」ご案内 −弘智法印即身仏のおはなし−













最近まで毎日夏みたいな暑さが続いたせいか、今年の猗犂濂岫爐呂弔い砲彼岸に開花することができませんでした。ぜったいに何があっても毎年、その名のとおりお彼岸には真紅の花を咲かせていたのに、たぶん、初めてのことだと思います。

世間は異常な残暑と騒いでいましたが、寒いのが大嫌いな私としては「このまま永遠に暑い日が続いてくれたらいいのに…」と、この頃になって急に涼しく秋めいてきた気候をうらめしく思いながら過ごしています。

阿刀家のみんなは「ようやく過ごしやすい秋の訪れだね」とか言って無邪気に喜んでいるけれど、私はその先の冬の事しか頭にありません。「あとはもう、寒さへまっしぐらか…」と思うと、思い浮かべたくもないのに自然と狄軍磴慮靴靴づ澆離▲譽灰譟淵織ぅ肇襦魔の冬)爐走馬灯のように浮かんできて、どーんと気分が重たくなり「はあァ」とため息をついて頭の映像を急いで消すのです。

(私以外の家族の誰一人として覚えていないでしょうけれど、去年は10月に入って急激に寒くなり、我が家の初ストーブはまさかの10月3日でした)

さて話は本題へ。早いもので今年も「弘智講(10月2日)」が近づいてまいりました。

「弘智講」は夏の大般若会(7月15日)に続く、西生寺オリジナルの大切な年中行事です。弘智講(こうちこう)という名前のとおり、当山にお祀りされている弘智法印即身仏さまのお祭りの日です。

毎年必ず10月2日に弘智講は行われます。10月2日は弘智さまが御入定された特別な日だからです。今から649年前の1363年(鎌倉時代末期の貞治2年)、即身仏となる決心をされた弘智さまが3000日におよぶ厳しい木喰行(もくじきぎょう)を成満され、この日、座禅を組んだままの御姿で御入定されたのです。

(※弘智さまのくわしいことは当HP「弘智法印即身仏」のページをご覧くださいな。)

そうそう、御姿で思い出しましたが、今年の夏は弘智さまの着ていた御衣と御姿入りのお守り「御護符(御衣)」にちょっとした異変がありました。お盆前後からこの「御護符」を買い求める方が急増したのです。

最初は気づかなくて「御衣がやけに売れるなあ」くらいにしか思っていなかったのですが、しだいに、夏休みを利用して他県の遠方から初めて西生寺に来る方がまとめて買い求めるパターンが多いのに気づきました。(通常は昔からの常連の御信者さんが買い求めるパターン)

さらに極め付けは「テレビでやっていたミイラ仏のお守りってこれですか?」とか「これじゃない?テレビで言っていたお守りって!」とか、こちら側としてはテレビ局の取材に応じた覚えはなく、まったく狄箸乏个┐里覆き爐茲Δ併を口々に、受付の私に尋ねるのです。

がまんできなくなった私はある日とうとう、同じパターンで弘智さまの御護符を買ったお客さまに、思い切ってきいてみました。

「このお守りを買う方がみんな爛謄譽咾任笋辰討い伸爐澆燭い併を言うのですけど、私たちはまったく放送を知らないんです。新潟では放送されなかったのかどうかはわかりませんが、状況がよくわからなくて。どういう放送内容だったのですか?」

福島県から来られたというその方が放送内容を簡単に説明してくれました。

説明によると、あの東日本大震災で発生した大津波から奇跡的に命を救われたという方のインタビューで「津波にのまれそうになりもうダメだと思ったその時、身に着けていた弘智法印即身仏の御護符(=弘智さま)が「こっちへ逃げよ」と方向を示してくれて、その方向へ避難したら間一髪で津波にのまれずに済んだ」などという内容だったそうです。

なるほど。この説明から察すると、どなたかはわかりませんが、普段から御衣を身に着けていたというあたり、弘智さまの御信者さんとおみうけします。そしてたまたま話した犖羂瓩離┘團宗璽畢爐思わぬ反響を生んだということなのでしょう。

「そういうことだったのですね」と、これでようやく状況がつかめた私はふと、戦時中、出征する時に狠峠け爐箸靴胴庵劼気泙里海慮羝酩笋鮖参して戦地へ行き「おかげで弾に当たらずに無事に帰ってきました」と中国より復員してきた檀家さんのおじいさんのことが思い浮かびました。

そして爐呂鱈爐箸靴泙靴拭

そう、私の中で忘れかけていた、その檀家さんのおじいさんが、さらに続けて話した内容を、はっきりと思い出したからです。その方はこう言ったのです。

「戦場で敵兵に囲まれて逃げ場を失った時、弘智さまの御衣が脱出する方向を導いてくれた。光が射した方向へ逃げた、どう考えてもあの光は弘智さまだった」と…。

「ううむ」と思わず唸らずにはいられない私でした。

ということで、このようにとっても御霊験あらたかな弘智法印さまのお祭り「弘智講」のご案内です。どなたでも気軽にご参加いただけますので、ご都合がつく方はどうぞお参りください。
一年でいちばん御利益のある日とされる10月2日、弘智さまに想いを馳せてお寺で一日のんびりと過ごしませんか。

【日時】:10月2日(火)
【時間】:午前9時〜受付開始
     午前10時「法話」※大好評!本覚院ご住職さまの笑いを交えたご法話です。
     正午「お斎(昼食)」※お弁当(千円)を希望する方は事前にご連絡を。
     午後1時〜「余興」
     ※おなじみ、土田芸能社による歌と踊りのステージです。余興料1000円です。
     午後3時終了
【受付】:西生寺「庫裡」
【お施餓鬼申込み】:(一件につき)2,000円
先祖供養・水子供養・家内安全・身体健全・病気平癒・商売繁盛・合格祈願・その他

【問い合わせ】:0258−75−3441(西生寺)



※画像左…弘智さまのお守り「御護符」
江戸・明治・大正・昭和・そして平成と、時代は移ろいでもまったく変わらない形で手作りを続けている超スタンダードなお守りが、弘智さまの「御護符」です(通称:おすがた)。全ての災いから身を守ってくれる犧廼のお守り爐反じています。

左側の御衣と書かれたわら半紙の包の中には、弘智法印即身仏が12年間身に着けていた犖羂甅爐鮑戮く切った一片が入っています。右側の御守護の中には弘智さまの犖羯儉爐入っています。通常は2つがセットになっていて一体300円です。常に身に着けている(持ち歩く)お守りです。(私たち家族はお財布にイン、ひとり旅の時なんかは私は御衣で身を固めます!)

※画像右…弘智さまの修行「一字一石経」 ※宝物堂に展示
弘智さまが3000日の修行の中で行った行の中に「一字一石経」と言われる行があります。弘智さま自らが小石に般若心経の文字を書いたものです。画像の小石のひとつひとつに黒ずんでいる部分があるのがわかりますか。この部分がよく見ると般若心経の経文の漢字牋貶源爐任后(例えば観自在の犂儉爐箸)

弘智さまはこの小石を、修行の場となっていた奥の院や地元の野積村内で「般若心経」を唱えながらまいたとされています。この展示しているたくさんの一字一石は、野積の人たちが収集したものです。(通称:弘智さまの石)


2012/09/08(土)
★「ネコを飼いたいっ!」−動物愛護センターの巻−













私たち夫婦はこの件に関して、珍しいくらいの本気度でのぞんでいるつもりなんです。が、が、結局前回に引き続き今回も、最終的に腰が引けてしまって、情けないことに爛泪い砲磴鵑貝爐い辰圓選べずに「新潟県動物愛護センター」を後にしてしまいました。

そうなんです。今年の夏、お盆だ、拝観だ、と忙しいお寺の仕事の陰で、我々夫婦はなにげに「飼い猫探し」をしていました。ネコを飼うのは初めてではありません。お寺に捨てられた、メスの黒ネコ(2歳くらい)を12年ほど飼ったことがあります。その黒猫ミャーゴが病死してから今年の12月で早4年が経とうとしています。

ペットを飼う。ネコを飼う。黒ネコと過ごした12年間を思い起こすと、たしかにネコ砂トイレの掃除とか、病院に連れて行ったりとか、面倒くさいこともあったけれど、でもこれらを差引いても「ネコを飼って良かったな」って思います。

一日中お寺にいるし、子持たず夫婦なので、毎日ネコと過ごす時間は充分すぎるほどあり、特に動物好きな夫の、黒猫ミャーゴに対するかわいがり様は、当時20代の若妻だった私が嫉妬するくらい、それはそれは見事な倏かわいがりぶり爐任靴拭

しかし我々夫婦の愛猫、そしていつしか受付寺務所の看板ネコとなった黒猫ミャーゴはある日、耳がまったく聞こえなくなりました。そして目がまったく見えなくなり、平衡感覚(へいこうかんかく)を失いました。ぐるぐると同じ場所をまわったり壁づたいに歩くようになり、たよりになるのはヒゲと嗅覚だけになりました。

目も耳もダメになってしまったミャーゴが不安がらないように、我々夫婦はこれまでに増してこのネコをかわいがりました。さらに最後の1年半くらいはガリガリに痩せ細り猴觸辰んミイラ爐里茲Δ砲覆蠅泙靴拭

ついには腹水がたまり始め、お腹だけボールみたいにぱんぱんに丸くなりました。医療もなすすべもなくしだいに衰弱、そして12月の寒い早朝、虫の息で「ニャーぁ(ありがと)」と一声だけ鳴いて絶命しました。

夫婦にとって初めて飼った一匹のネコが、このような経過をたどったので、以来、3日に一度くらいはいまだにミャーゴの話はしますけれど、本気になって「もう一度ネコを飼おう」などとはついぞ思わない4年間を過ごしてきました。

それがどうした心境の変化なのか、6月くらいから「動物愛護センター犹瑤ぜ臺臀賢爍硲弌廚筺崘里親サイト」などを閲覧するようになり、それが日課となりました。

そしてお盆明けのある日、ついに我々は犢堝悪爐暴个燭里任后

「犬猫譲渡」を目的に、新潟県が新しく長岡市内に「県動物愛護センター」を、4月1日にオープンさせた事は知っていたので、さっそくそこに行ってみることにしました。場所は雷獣くんミイラがたびたびお世話になっているあの「県立歴史博物館」の向かい側です。西生寺からは小一時間の距離です。

なんといってもこの施設の良いところは、予約などなしにいつでも自由に飼い主募集中のワンちゃんやネコちゃんを見ることが出来る点です。夕方5時まで開館しているので、受付寺務所をちょっと早く閉めれば十分間に合います。さっと車に押し込んだ犖鼎咾織押璽検淵潺磧璽翰僂世辰拭豊爐さりげなく我々の本気度を示しています。

私:「このセンターはね、すぐその日に気に入ったにゃんこを連れて帰れるらしいよ」
夫:「今回は、軽く下見かな。でもこのネコだ!って子がいたら決めちゃおう」

私:「え、でも、エサもニャンとも清潔トイレもないよ」
夫:「そういうのはぜんぶ帰りにコメリに寄ればいいじゃん」
私:「そんな、急に飼えるものかなあ…しかも子猫でしょ、置物とか倒しそう」

夫:「メスの茶トラの爐匹蕕漾辞爐いいなあ」
私:「爛疋螢▲鶚爐茲やっぱり私は黒のメスがいいなあ、名前はミャーゴ」
夫:「ドリアンじゃないよ、どらみーだよ、なんだよドリアンって?」
私:「茶トラのぼってりした質感がドリアンみたいだから」

こんな風に会話もはずみ、順調に「動物愛護センター」に到着、受付で住所&氏名を書き込み、ついに生まれて初めてとなる未知の世界犹瑤ぜ臺臀孤屋爐離疋△魍け、恐る恐る中へ入りました。

清潔感あふれる白を基調としたきれいな広いお部屋に、所狭しとゲージが並べられており、子猫を中心に予想以上に多くのネコちゃんが収容されていました(ワンちゃんは少なめ)。でも出来たばかりなので大収容のわりに匂いもありません。

しかし、入室した我々を待ち構えるように一斉に「ニャー!ワン!」の大合唱が始まりました。どの子猫も真剣なまなざしで小さな体からふりしぼるように大きな声でニャーニャーと自らをアピールしているように思われ、これにはちょっと圧倒されてしまいました。

夫:「すごいたくさん居るんだなあ、鳴き声がすごくない」
私:「みんな真剣なんだよ、自分の運命をかけて必死なんだよ」

すでにこの時点で、ネット上でお気に入りニャンコを数匹頭に入れてきたデータがすべて飛びました。

それでもひとつひとつゲージをのぞき込み、元気いっぱいのかわいらしい子猫たちと触れ合うだけで癒されるみたい。ふと異色の一角を発見。なるほど、ここは「成猫コーナー」でした。みなさんとても落ち着いていて「ニャーニャー」言いません。

2歳〜5歳くらいのニャンコが収容されているみたい。柵にはスタッフ手書きのカラフルな看板で「成猫の魅力、静かで飼いやすい、すぐに家族になじみ一緒に暮らせる等々」が書いてあります。

私:「うーむ、確かに。大人ネコも良いかもしれない、あの子猫パワーは手がつけられないかも」

と思いながら、落ち着いたネコたちの様子をのぞき込んでいると、すかさず私の背後に男性スタッフが立ち「みなさんやはり子猫が人気で、なかなか成猫は譲渡がないんです。手間がいらないし、いい子たちばかりなんですがね」とセールストークを始めました。

私は、4月に子供を産んだあと保護されたという、推定2〜3歳の小型のサビ猫ちゃんが、なぜかどうしても気になって仕方がなくなりました。すると男性スタッフは「やっぱりね、センターにもたくさんいるけど、サビ柄はね、どうしても一番人気がないんですよ」とぽつり。

私が「この子は性格良さそうだし、落ち着いてるし、すぐに家族に馴染みそうだし、静かに暮らせる感じがしていいなあ」と言ったら猜っこ爐気擦討れました。

やはり見た目どおりに爐僂佞鱈爐鳩擇ったです。ミャーゴも爐僂佞鱈爐鳩擇ぅ優海世辰燭海箸鮖廚い世靴泙靴拭Jっこして判った。そうかこの子の目つきはミャーゴに似ているんだ…。

私:「ねえ、この子どう?サビータちゃん。おとなしいし抱っこ好きだよ。」
夫:「えー、えー」

初めての「動物愛護センター」訪問は、ここで終わりました。なんか二人とも何も食べていないのに頭までおなかいっぱいになったような気分でセンターを後にしました。

しかし、なんと2週間もしないうちに、我々は再び古びたゲージを車に放り込み「動物愛護センター」を目指していました。夫の頭には新しく収容された「茶トラ(3ヶ月オス)」が、私の頭にはもちろんあのサビ成猫(メス)の「サビータちゃん」が浮かんでいました。

実は私は、飼い主譲渡(募集)の期間が3−4週間くらいとどこかで聞いていたので、このサビネコちゃんはHPの古株なのでかなりやばいと思っていて、毎日HPで画像があることを確認するとほっとしていたのです。

とにかくふたりとも「今度こそ空のゲージじゃ帰らないぞ!」という決意がみなぎっていました。

長岡までは広大な越後平野を進みます。前回と打って変わり収穫直前のたわわに実った稲穂のじゅうたんでした。爐海譴省討匹海躾軍祗爐箸いΔ茲Δ福見事なゴールデンの田園風景の間の農道を進み、無事センターに到着しました。

忘れもしない8月31日(金)夕方4時すぎです。

2度目とはいえ慣れたもので、無人の受付にスタッフが飛んでくる前にはすでに用紙に書き込みを終えた私。夫などはひとりで廊下をスタスタ、奥にある「飼い主募集部屋」のドアに手をかけていました。はやっ。

私は予定通り「成猫コーナー」で会いたかったサビータちゃんと難なく再開。夫のお目当ての茶トラちゃんはいずこや。相変わらず数十匹はいる大収容の犹卩の大合唱爐剖貔鐫罎陵融辧(しかも前回よりさらに増えていた!)

私:「やっぱり私この子がいいなあ、じっとこっちを見る控えめな目がかわいいし、大人しめで賢そうだし。黒じゃなくてサビでもこの子なら構わない、こんなかわいい子がタイムアウトで処分されちゃうかもしれないなんて耐えられないよ…」

とか思いながら、なに気に手にした「愛称:さびママ」と書いてある、この子の爛侫.ぅ覘爐法張り付けてあった牴色いぺったん(付箋紙)爐暴颪れたメモを見て思わず驚嘆の声をあげてしまいました。

私:「えっ!!えええー!」

その付箋紙にはなんと燹○様、8月31日譲渡、9月1日引き取りに来る爐判颪い討△辰燭里任后

この時の私の複雑な心境をお分かりいただけますでしょうか。

一歩及ばずこの子を飼うことができなくなってしまったという哀しみ、私以外にもこの子の猯匹記爐鬚錣っていた人間がいたのだという歓びと驚き、これで処分されることがなくなったんだという安堵、よくぞこの子を飼う事を決断してくれたと飼い主○○さんへの感謝、でもやっぱり飼えないのはさみしいなど、それはもうさまざまな気持が入り混じっていました。

でもしかし、我々が来た日爍厳遑械影爐忙瑤ぜ腓決まった偶然はすごいですよ。しかも、連れて帰るのは明日なのです。この日より前に譲渡だったら、姿がなかったわけで、そうなると犧念のケース爐鯀杼してしまったにちがいありません。譲渡を決めた今日すぐに連れて帰っていたら、私は最後にこの子の顔を見ることも「よかったね、しあわせにね」も言えなかったのです。

犹卩と格闘中爐良廚里發箸惺圓、さっそくこのビックニュースを報告すると「そうか、良かったじゃないか」とよろこんでくれました。

私:「で、あなたの方はどうなの?茶トランはどうだった?」
夫:「それがさー、もう訳わからなくなっちゃってさー」
私:「私もサビータちゃん以外には考えてなかったからね、ちょっと心がモヌケ状態だなあ」

夫:「とりあえず、今日のところは帰るか」
私:「そうだね、あ、ハッ、ハックション!」(子猫たちの毛でくしゃみが出た)
(→「冒頭の文章」に戻る)

私は今日も「新潟県動物愛護センター」のHPを見ます。
なぜなら、あきらめていないからです。そして5月からずっと載っていたサビータちゃんの画像が消えているのを安心した気持ちで見ていられる事に感謝しています。

サビータちゃん。あなたがどんな家庭に入ったのか、どんな名前がついたのか、想像もつきませんが「爛縫磧璽錺鸞膵臂Г寮こΝ爐ら自分だけの安住の場所を得て、飼い主さんにめいいっぱいかわいがってもらって、静かにのんびりと暮らしているのだな」と思うだけで今日も幸せです。


※画像左右…「新潟県動物愛護センター」の子猫たち
どの子も皆かわいい。が、私たち夫婦には数十匹ものネコの中から一匹を選びだし「このネコちゃんを飼いたいのですが」と言うところまでには残念ながら至りませんでした。

2回目の時、帰り際にスタッフの方から聞いたのですが、このセンターではいわゆる狃菠爐蝋圓錣覆い修Δ任后したがって今年4月1日の開所以来5カ月が経ち、ネコも犬も増えつづける一方だそうで、我々一般の人が動物とふれ合うことのできる「飼い主募集中の部屋」以外の「バックヤード」にも、実はまだまだたくさんいるのだそうです。ちょっと驚きです。


2012/08/27(月)
★にいがた妖怪ミステリー「雷獣くんミイラ」撮影秘話













毎週土曜日夕方6時から新潟県内で生放送しているNST(フジ系)「スマイルスタジアム」に西生寺の人気者猴觸辰んミイラ爐登場しました。

西生寺は一般的に爛潺ぅ虔爐噺討个譴襦峭庵卷^即身仏」が有名ですが、その他にも宝物堂には「☆雷獣くんミイラ」が展示されており、即身仏さまと雷獣の2つのミイラに出会えるじつに珍しいお寺です。

最近は、弘智さまだけではなく、雷獣くんミイラの知名度があがり、雷獣くんミイラ目当てに西生寺を訪れる方も増えてきて驚いています。テレビ局の方から番組ロケの依頼の電話でも「西生寺さんのミイラの取材」と言われたので「弘智さまかしら?」と思ったら、雷獣くんミイラの方でした。

この番組は(通称爛好泪好伸燹砲浪診も続く人気番組で、阿刀家でも土曜日は毎回、夕ご飯を食べながら家族で欠かさず見ている番組でしたので、住職も取材の依頼はすぐにOKを出しました。

特に私は、番組の看板アナウンサーである、あっけらかんとはじけるようなラテン系のノリと明るさの中田エミリーさんが個人的にもお気に入りだったので、雷獣くんミイラのロケに中田アナも来る!と知った日から、撮影の日を心待ちにしていました。

番組ロケは放送される週の月曜日(20日)の午後に行われました。(週はじめのロケでその週の土曜日にオンエアという狢圓辰燭覆靴離僖拭璽鶚爐世修Δ任后

中田エミリーアナ担当の爛好泪ぅ襯漾璽牒爐箸いΕ魁璽福爾了1討任后C翕弔気鵑鉢狄軍磴凌緻擇靴欧覘爐海函⇒轍博士の高橋郁丸(たかはしふみまる)さんが狄軍磴陵轍ミステリースポット爐鯔ねるという企画でした。

高橋郁丸さんは、「妖怪ツアー」などで西生寺にも何度かいらしている方です。犖える人爐見たら、この方はいつも気の合う妖怪をたくさん従えているにちがいないと思います。なぜなら高橋さんのまわりは常に怪しげな空気がただよっているからです。さすがは妖怪博士です。(番組でもお父さんに「あなたには妖怪が乗り移っている」と言われていました(笑)。)

さて撮影当日、よく晴れた炎天下の昼下がり、中田エミリーアナと高橋郁丸さん達爛蹈曳畢牋豺圓西生寺にやってきました。

車から登場してきたエミリーさんは、この猛暑というのに、秋のモードを意識したのか、ラメがキラキラしている厚手の黒のかわいい花柄のワンピースに、しっかり70デニールはありそうな狠箸そうな狄燭湛のタイツ姿でした。

(後で聞いたら、なんと自前の私服だそうです。スタジオではスポンサーの洋服を着て、ロケでは私服なのだそうです。タオルで汗をぬぐいながら「ちょっと秋を意識しすぎたぞー」と笑顔でした。)

カメラに慣れていない高橋さんをプロの中田アナが明るくフォローするような感じで撮影は続き、宝物堂内で長老のお父さんがふたりにいろいろと雷獣くんミイラについて説明をしたところで、小一時間でロケは終わりました。撮影中、ふたりを含めスタッフ全員の笑い声が絶えず、楽しそうに仕事をしているのがとても印象的でした。(チームワーク良さそうでした)

ロケ終了後、寺務所で私は高橋さんとエミリーさんと狃3人トーク爐魍擇靴犁_颪坊辰泙譟束の間でしたが、とても楽しくおしゃべりをさせていただきました。おふたりとも新潟市出身だそうです。

イラストレーターでもある高橋さんは、妖怪のイラストを自分で書いた「☆新潟の妖怪」という本も出版されています。さらに猴轍を主役にして新潟で面白いこと、楽しいことをしよう爐函∈G7月に「☆新潟妖怪研究所」という妖怪サークルを設立、所長をされており、怪しさにますます磨きがかかっています。

一方の中田エミリーアナは、新潟の「UXテレビ(テレ朝系)」で活躍する大島直子アナ(この方も番組取材で西生寺に来たことがあります)と高校が一緒の同級生ということも知りました。

高橋さん、中田さんとおふたりに共通しているのがふるさとの「にいがたが好き」という事です。猴轍は文化だ!爐藩轍から見る新潟の民族学研究家の高橋さん、新潟のテレビ局の人気アナウンサーとして活躍する中田さん、地元にとどまりそれぞれの得意分野から新潟を盛り上げようと楽しくがんばっている気合いがふたりから伝わってきました。

私も他県からたまたま縁あって(夫の故郷だった)何も知らない新潟に来て丸21年が過ぎ、大好きになった新潟に骨を埋める決意をして、身も心もすっかり新潟人になっているつもりです。

このふたりと話をしていると「私も西生寺の寺庭婦人という犹笋諒野爐ら、大好きな新潟や西生寺のことをこれからも発信してゆけばよいのだな」と思わぬ力をもらった気がしてうれしくなりました。
(女3人のトークは仕事、恋愛、結婚、晩御飯メニューとまるで女子会のノリになり、ディレクターさんに「そろそろ…」と言われるまで永遠と続く気がするほどでした)


※画像左…「スマイルスタジアム」番組ロケ班全員で記念撮影
場所は雷獣くんミイラの暮らす宝物堂内です。後列一番左が高橋郁丸さん、そのとなりが中田エミリーアナです。番組の様子は、番組の公式サイト「NSTスマイルスタジアム」で検索してみてください。

※画像右…撮影(本番)の様子
左から高橋さん、中田アナ、そして長老のお父さん。雷獣くんミイラが展示されているケースの前で撮影スタート。すると、お父さんがいつの間に書いたのか狷伴爐罵儖佞靴深蟒颪の猴觸奪潺ぅ蕕砲弔い討留召錣讚爐書かれた紙を「こんなものがありますよ」とかなんとか言ってやおら取り出し、中田アナが「長老さま〜、準備がいいですね〜」とかなんとか言って、それをのぞき込む3人。


☆高橋郁丸著「新潟の妖怪」考古堂書店刊1200円(税別)
妖怪は文化です。妖怪で感じる新潟の心。ちょっと怖いけど、懐かしい存在でもある「妖怪」。妖怪は地域の人と、とても深いつながりがあります。新潟県にも、怖い妖怪、かわいらしい妖怪がたくさん存在していることを、イラストを交えて紹介します。
(弘智法印即身仏も爐砲いた即身仏の話爐脳匆陲気譴討い泙后

☆「新潟妖怪研究所」ではただいま会員を募集しています。
(問合せ先事務局:025−255−1388)

☆雷獣くんミイラ
 宝物堂(無料)に暮らす最古参。カラカラしたぺったんこなヤツだけど、堂内の数ある個性的な展示物のリーダー。一番の仲良しはシベリア生まれのタイリクオオカミ夫婦のはく製(今回、番組で夫婦悲願のメディア初登場を果たしました)。師と仰ぐのはもちろんミイラ系?の大先輩、日本最古の即身仏犢庵卷^さま燹今回の撮影で中田アナの笑顔をを恐怖にゆがませた雷獣くんにコメントを求めると爛─Ε漾Ε蝓Ε瓠Ε船磧Ε・ワ爐箸里海箸任靴拭


2012/08/12(日)
★「にいがた景勝100選」













とつぜんですが、みなさんは爐砲いた景勝100選爐箸いΔ里鬚澗犬犬任垢?

じつは、西生寺境内にある「大展望台」がその「にいがた景勝100選」の狢茖鍵稔爐冒ばれているのです。

ちょっと前に、東北新幹線が1982年(昭和57年)6月の開業から30周年を迎えたとニュースで伝えていましたが、東京と新潟を結ぶ「上越新幹線」も今年11月15日で同じく30周年を迎えます。

この爐砲いた景勝100選爐肋絮杰郡汗開業に関連しているのです。

30年前の1982年、この狆絮杰郡汗開業爐魑念して、新幹線効果で増えると予測される観光客や、この際ニイガタ県民にも盛り上がってもらおうと、新潟県は県民の投票で決める爐砲いた景勝100選プロジェクト爐魍始したのです。

県内の推薦する景勝地をハガキで応募してその爐呂きによる投票数爐能膂未決められることになったのです。(ネット投票が主流の今とちがって30年前はハガキ投票以外選択肢はない時代でした。たった30年の間に随分と時代が変わったものですね)

そこで西生寺でも、自慢の展望を持つ境内の狢臈庫沼罩爐髻△覆鵑箸覆「応募したらどうか」という話になって、いつしか本気モードになり、檀家さんや野積村の人々にお願いして「応募のハガキ」を書いてもらったりして、せっせとハガキを出したのだそうです。

当時爐砲いた景勝100選爐冒ばれようと、県内各地の景勝自慢のそれぞれ(西生寺も含む)による爛魯キ合戦爐蓮∩蠹な盛り上がりを見せたそうで、ある景勝地などは自治体が主体となってせっせとハガキを出し続けたそうです。

西生寺でも多くの方に協力をしていただいた結果、見事に西生寺の展望台からの景色が爐砲いた景勝100選爐梁茖鍵未冒ばれたのです。

30年を経た現在も、当時と変わらぬ西生寺自慢の景色が堪能できる大展望台ですが「いったいいつ出来たのだろう?」と新たなギモンが浮かびました。

さっそく家族調査開始、以下調査結果です。
(なにせ私が嫁ぐ前のこと、今回のおてら通信を書くために、夫や家族に話を聞いて初めて知ったことばかりです。)


西生寺でも1982年秋の「上越新幹線開業」に向けて、観光客が来ることを見込んで、この年の春に境内をいろいろと整備したそうです。

まず、砂利を敷いただけの駐車場をアスファルトにして、駐車場に大勢が利用できる「トイレ」を造りました。さらに山を切り開いて駐車場からすぐに登って行ける場所に、誰でも自由に日本海の景色を楽しめる「展望台」を造ったのです。

狷本最古のミイラ仏拝観爐鯡榲に西生寺に多くの観光バスが訪れるようになったのは、新幹線より後の「関越自動車道」開通からですが犂儻の寺爐箸い今の体制が形成されたのは、30年前の新幹線開通がきっかけだったということがわかりました。

そして「大展望台」も、応募した時は狃侏萠てピカピカだった爐箸いΔ海箸眞里蠅泙靴拭

と、ここまで読んで「じゃ、いったい第1位はどこなんだ?」と思った方もいらっしゃると思います。実は今回、この内容でおてら通信を書くきっかけとなったのも、最近訪れたお客さまに「あそこに第8位とありますけど、第1位ってどこなんですか?」と質問されたからなのです。

「8位って微妙…」と思ったことはありますが、第一位どころか、西生寺の第8位以外の犒幣。坑港爐砲弔い董△泙辰燭知らなかったというより、関心を抱いたことさえなかった私は、ちょっと反省、さっそく調べてみましたのでどうぞ。
(とりあえず15位くらいまでにしておきました)

第1位:出雲崎市良寛記念堂「良寛と夕日の丘公園」
第2位:「鴎(かもめ)ケ鼻」から米山と米山大橋を眺む風景
第3位:五泉市「村松公園」
第4位:阿賀町「阿賀野川ラインと麒麟山(きりんざん)」
第5位:五泉市「慈光寺と参道杉並木」
第6位:阿賀町「角上ダムと赤崎山」
第7位:新潟市秋葉区「秋葉公園展望台」
第8位:長岡市「西生寺と展望台からの眺望」
第9位:糸魚川市「親不知・子不知(おやしらず・こしらず)」
第10位:村上市「笹川流れ」
第11位:弥彦村「弥彦神社と杉並木」
第12位:関川村「荒川峡と吊り橋」
第13位:村上市「朝日スーパー林道と原生林」
第14位:上越市「鵜の浜海岸(海水浴場)」
第15位:関川村「渡辺邸」

その他、私が訪れてみて「絶景ですなあ」と思った県内の有名な景勝地では、佐渡市「尖閣湾の景観」が23位、妙高市「池の平いもり池と妙高山の眺め」が25位でした。

ちなみに「応募はがき」は爐劼箸蠅同じ名前で何枚出しても構わなかった爐修Δ任后
それって…(笑)。

※画像左…「大展望台」−第8位の眺め−
たいして広くもないのに狢臈庫沼罩爐噺世い泙后E時住職だったお父さんがつけた名前です。ただの狹庫沼罩爐任睛僂和りるのに狢膈爐了をつけ誇大気味に狢臈庫沼罩爐箸垢襪△燭蠅法屬鼻爾任垢ー!絶景でしょー!地球は丸いんですよー!」的な、不必要に肩に力の入ったお父さんらしい意気込み(サービス精神)を感じます。ま、私だって狢膈爐鬚弔韻燭なるくらい爐垢个蕕靴し平Л爐世隼廚い泙后

画像のコンクリ製のテーブルや椅子も当時のまんまです。「ヤッホ〜〜〜!」と気持ちよさそうに大きな声を出して爐笋泙咾貝爐魍擇靴鵑任い訖佑發い泙后爛薀鵐銑爐鮨べる人もいます。爐曚薐の練習爐鬚垢訖佑發い泙后L紂后覆發鵑發鵝砲靴浸の私の狷避先爐皀灰海任后

※画像右…「にいがた景勝100選・第八位」の記念碑
駐車場にあるお手洗いのすぐうしろにある展望台へ登ってゆく入口にあります。長岡市と合併をする前に、最後の事業として寺泊町が建立してくれた碑です。「新潟県 景勝百選 第八位の大展望」と記されています。


≪おまけ≫
西生寺の猴觸辰んミイラ爐鬘臆鵑曚表佚犬靴燭官錣如⊃年前より新潟県立歴史博物館から毎回、「企画展のご案内」をいただくようになりました。今回のおてら通信でも上越新幹線がらみの「にいがた景勝100選」のおはなしをしましたが、いま県立歴史博物館で開催されている企画展も、上越新幹線開業30周年を記念した「奇跡の新幹線」です。

話のついでというわけでもありませんが猜模函腹)爐任完篤發靴燭い隼廚い泙后
夏休み中ということで子どもも楽しめる企画展のようです(それなのに中学生以下は無料です)。
※ちなみに次回企画展は9月22日〜11月11日で「古代オリエントの世界」です。
※当山HP「リンク」のページから新潟県立歴史博物館のサイトが見られます。


2012/08/12(日)
★新潟県立歴史博物館「企画展」のお知らせ
















上越新幹線開業30周年記念展
「奇跡の新幹線−開業、震災、そして30年−」

昭和57年(1982年)11月15日の上越新幹線開業から30周年を迎えます。その間、新潟県中越大震災により新幹線の歴史上唯一の脱線事故を起こしながらも負傷者が出ないなど、数々の奇跡を乗り越えてきたその歴史を振り返ります。
また上越新幹線以前の上越線や、東海道新幹線の開発、そして、開発事業と埋蔵文化財の関係についても紹介します。

【場所】新潟県立歴史博物館(長岡市関原町一丁目字権現堂224番2)
【TEL】:0258−47−6130
【開催期間】:平成24年7月28日(土)〜9月9日(日)
【開館時間】:AM9:30〜PM17:00(入館は16:30まで)
【休館日】:毎週月曜日(8月13日は開館)
【観覧料】:一般800円、高校・大学生500円、中学生以下無料
【HP】:当山HPの「リンク」からどうぞ。


2012/07/30(月)
★西生寺夏の陣「フランスの家族がやってきた!」














オリンピックが始まり、寝不足という方も多いのではないでしょうか。

我が家は寝不足なんて言っていられない爛悒咫宍蕕里砲やかな夏爐今年も始まりました。題して狎樟源夏の陣爐任后

両親(姉夫婦)よりひと足先に、大学生の甥っ子2人がフランスから来日、北海道経由(小樽港→新潟港:新日本海フェリー)で7月25日のお昼前、ついに我が家にやって来ました。

西生寺で過ごす21回目の夏、一年ぶりとなる犧堂颪両讚爐郎Gも「受付寺務所」でした。

学生らしく?一番安かったというアエロフロート(ロシアの航空会社)を利用、モスクワでは日本行きの便に乗るため、なんとトランジット(乗り継ぎ)に15時間を要し、ようやく成田に到着したらしいです。

アエロフロートと言えば、格安ヨーロッパ便では昔から不動の安さを誇る航空会社。4日遅れで別の航空便(全日空)で日本に来る姉夫婦とは別行動で、やりくり上手なママの手配で爐劼箸蝪極円爐箸いη乏覆琉造気任檗爾鵑汎本に送り込まれた兄弟…。

フランスに定住してウン十年。一年に一度、夏のバカンスで日本に帰国してくる姉家族。日本で個展を開いたりと忙しい親元を離れた兄弟は(お父さんは画家)、生まれた時から毎年、西生寺で短い夏を過ごし、阿刀家の家族と仏さまと自然に囲まれ、我々夫婦が親代わりで楽しくめんどうをみてきました。

保育園、小学校、中学校、高校、そして大学生となった現在、親と別行動を楽しむまでにすっかりたくましく成長した甥っ子たちに、私も住職も思わず目を細めてしまいます。

彼ら(兄21歳と弟20歳)は15時間の乗り継ぎもものともせず、成田に着いた足ですぐにジェットスターで親友(男の子)の待つ北海道へ。北大に通っている爛▲ぅ霧譴話せる爐箸いζ欝蘋犬凌突Г涼砲了劼醗貊錣法■蛙佑妊譽鵐織ーとバンガローを借りて、大雪山のトレッキングを楽しんだそうです。

猖務て擦領垢どんなに楽しかったか爐髻着いた早々、受付寺務所の我々夫婦に、道中撮りためた画像をパソコンに取り込んで、一枚一枚説明をしながら2人して興奮気味に語ってくれましたので、以下、彼らコメントを紹介します。
(※フランスで生まれ育った彼らは日本人ですが、フランスなまりの甘い?日本語を話します。知らない単語もたまにあります。)

:「日本に着いてから成田でも北海道でもほとんどラーメンしか食べていないなあ。はっきり言って日本のラーメンはうますぎる!味噌でもしょうゆでも、何ラーメンでも日本のラーメンはうまい!」

:「ボクたち、日本に着いてから野菜をまったく食べてないんだ。ちょっと体が変になりそう。野菜ジュースは高いから買えないんだよね」

:「ユーロを円に両替して旅したから、ユーロ安でほんと悲しすぎ。日本の物価が高くてつらい。こうなったら日本円で小遣いをたくさんもらって、帰国したらユーロに両替して得するしかないね」

:「でもね、札幌で借りたレンタカーは安かった、日産の黒の新型マーチが一日1000円だよ!」

:「夕張で夕張メロンが一個たったの450円で売っていたから買って食べてみたら美味かった。中(果肉)がオレンジ色なのはフランスのメロンと一緒だった、まわりの網みたいな模様は違うけどね」

:「知ってた?夕張メロンの種は金庫にしまっておくんだって。金庫だよ!金庫」

:「大雪山は本当に本当に良かった。雲の上ってなんて言うの?あ、海雲、え、雲海か、その雲海の上のパノラマは最高で、どこを歩いても素晴らしい景色だし、地面の色が変わるんだ」

:「見たこともないキレイな花がたくさん咲いていたから、たくさん写真に撮った。なんて言うんだっけ?こうやって山に咲く花のこと、そうそう、高山植物。ボクさ植物って興味あるからね。うわ、何これ、高山植物図鑑じゃん。直子さんっていい本持ってるねえー」

:「フランスもトレッキングができる有名な山はあるけど、でも北海道の大雪山のようにこんなに簡単に登ることはできなくて、装備とかあと登る地点に行くまでが大変なの」

:「遭難した時の食糧?うんとねバナナを大量に持って登ったら全部余った。重いし最悪。あとサウスアフリカのグレープフルーツ。なぜかフルーツばっかりだった」

:「途中で、ハーレーに乗ってツーリングをしているおじさんに出会って、新潟から来たって言ってたよ。今さ、大型(2輪)の免許取っている途中なんだよねー、すげえカッコ良かったなその人」

:「小樽から新潟に来るフェリーではずーっと寝っぱなしだった。もうね爆睡、時差だね」

:「フェリーの売店で猴篠ゥ瓮蹈鵐璽蝓辞爐鯒磴辰燭ら食べてみて。モンドセレクション金賞って書いてあったから、おいしいと思って買ってみたんだけど。」

:「それにしても、ここ(寺務所)は昔からちっとも変わらないなー。なんかいいよね、なつかしいよ。20年間変わらないってすごくない? え、一生変わらない?」


目を輝かせてたっぷりと「みやげ話」を聞かせてくれたふたり。
なんという犖亀ぅ魯張薀弔屬雖爐覆鵑世蹐Α
ふだん41歳〜82歳の大人5人がひっそりと静かに暮らしている西生寺にはない種類の珥舛靴垢るフレッシュパワー爐飽掬櫃気譴覯罅紘徂悄

兄21歳・弟20歳/男/学生。きっと一生の中でいちばんエネルギーに満ち溢れている年頃だろう。有り余る体力で疲れも知らず、好奇心旺盛な柔軟な心で巡る猖務て擦量醢今蛙洋広爐浪鯤感いっぱいで、何を食べてもどんな旅でも文句なしに楽しいんだろうなあ。なんか正統派の青春って感じ。いいなあー。

それにしてもこの子たちは昔から本当によく食べる!

若いころ狎面器でそうめんを食べていた爐箸いι秧討罎困蠅琉濛泙鮖つこの兄弟は、小さいころから好き嫌いなく何でもモリモリと大量に食べる子でした。今も食欲はまったく衰えず、「うまいうまい」を連発しながら、どんぶり飯をかっこむ喰いっぷりを目の前で見ていると、私たちとは違う生き物を見ているようです。

先日、住職と4人で新潟市内の兼務するお寺「弘願寺」で狢臍歃燹蔑六纏は本当に助かる!)のあとの食事でも狢臉垢螢船磧璽轡紂璽瓮鶚爐鉢爛織譴つ丼(新潟は卵でとじない)爐鬟撻蹈蠅箸燭い蕕押▲妊供璽箸離▲ぅ好リームを食べながら、

「ふぅ、やっと腹八分だな。フランスではさ、狄べながらお腹が空いていく爐辰討いΔ海箸錣兇あるんだぁ」とか言っていました。

この子たち、西生寺に2週間ちょっと滞在したあと、ふたたび同じルート(新日本海フェリー)を北上、小樽に戻り、北海道一周の旅「第2弾」が待っているそうです。
あ、すっかり忘れていました、そういえば今日、この子たちに輪をかけた元気いっぱいの両親(姉夫婦)も西生寺にやって来ます。


※画像左…北海道「大雪山トレッキング」の様子
左が弟、右が兄貴です。服の趣味も性格もまったく違うふたりですが(食欲だけは一緒)、日本ではいつも一緒のとっても仲の良い兄弟です。日本人っぽくない、国籍不詳な雰囲気が持ち味です。

※画像右…大パノラマをバックに「パルクール」する兄貴
今、お兄ちゃんがハマっているという、フランスのスラム街発祥のストリートパフォーマンススポーツ「パルクール(PARKOUR)」について、ユーチューブでいろいろと見せてくれました。ヨーロッパでは映画もできて、大会もあるほどメジャーになっているパルクールですが、日本ではようやくパルクールの知名度が上がり始め、たのしむ若者が増えている途中だそうです。

パルクールのカリスマと言われている人たち(天才Daniel Ilabaka他)の動画では、ロンドンやギリシャなど欧州の都市(ストリート)を走りながら塀を乗り越え、ビルの壁を登り、ビルの屋上からビルの屋上へ飛び移ったり、細い鉄棒の上を器用に駆け抜けたり、街中のあらゆる障害物を軽々と乗り越え、高い所(4階とか)からバック転で猫のように着地をしていました。

パルクール、それはランニング、体操、とび職、スパイダーマン、忍者をミックスさせたみたいな、命知らずな若者のためのストリートパフォーマンスでした。


≪おまけ話≫
★モンドセレクション−フランス事情−
我々にはなじみの深い、金銀銅のメダル風の爐△離沺璽爐離皀鵐疋札譽ションです。日本では猗味いモノの代名詞爐箸靴胴く知られていますが、美食の国フランスではいったいどうなのでしょう?とっても気になったのでさっそく彼らにきいてみました。

フランスでは爛皀鵐疋札譽ションへの出品爐脇本ほどではないけどもあるそうです。(ちなみに本部はベルギー、審査は有料です。)

なんでも近所の幼なじみのお兄さん(10歳年上)の実家の菓子店が、自慢の犒菓子爐髻経営者となったお兄さんが出品したところ、見事に「銀賞」を受賞したそうです。ただしフランス人は、日本人のように「モンドセレクション金賞だって。ちょっと買ってみようよ」みたいなパターンにはあまりならないそうです。

そんなフランスに暮らしているくせに爐△離沺璽爐鮓て、つい条件反射的に「夕張メロンゼリー」をチョイスしたという彼らには、やはり日本人の血がしっかりと流れているのでしょう。


2012/07/17(火)
★7月15日「大般若会」の御礼と報告














どうなることかと心配していた雨もなんとか小康状態。7月15日に行われた「大般若祈祷会」と「施餓鬼・水子総回向法要(合同供養祭)」は、大勢の方のお参りをいただいてお陰さまで無事に終了しました。事前にお申込みをしてくださった方、当日参加をしてくださった方、皆さま本当にありがとうございました。

ちょうど3連休の中日に当たった今年の大般若は、駐車場が満杯になるほどのお参りがありました。

東京から新幹線で来られた檀家さんや信者さん。地元野積の方や近隣からいつも参加してくださるおなじみの皆さん以外にも、やはり休日だけあって「水子総回向法要」の当日参加の方が多く、特にふだんお寺とはちょっと縁のないような、若い方のお参りが多かったです。

ワンボックスでお寺に乗り付け、タンクトップ姿で元気に走りまわる子供たちを連れて水子さまにお参りをするいまどきファミリー。(西生寺の駐車場は広いのでたいていの子供は反射的に走り回ります。)

水子地蔵さまお供え用の爐ざぐるま爐鮠綣蠅砲るくるさせながら小走りをするパパを真似して、かざぐるまをもらってさっそく走り出した女の子。でもかざぐるまはちっとも回らず「おかしい」と思ったのか、女の子自身がその場をぐるぐると回り始め、爆笑するママ。

「去年、娘が持って帰ってきちゃって」と水子さまにお供えしてあった爐もちゃ爐魄貲ぶりにわざわざ返しに来てくれたママ。
(ちなみに子供用の爛團鵐のタンバリン爐任后

水子供養のお経が始まるまで、境内を静かに散策する若い女の子。
手をつないで境内をゆっくりとお散歩して水たまりで遊ぶパパと坊や(ママは法要に参加中)。

時間ぎりぎりに来て「まだ間に合いますか?」と、あわてて受付へ走るカップル。
大般若600巻の転読法要独特の、大きな声のお経でびっくりして泣き出す赤ちゃん。

申し込まれた供養のお塔婆を住職が一枚一枚読み上げた後、施餓鬼法要の最高潮ともいえる観音経が始まると、若手のお坊さんが読経に合わせて爛疋鵐疋灰疋灰疋鶚爐醗卆よく叩く「和太鼓」の音がリズミカルに重低音に響き渡る山内…
(ちょっとした佐渡の鼓童?さすがにふんどし姿ではないが←当然でしょ)

この日西生寺は、シニアから赤ちゃんまで猩啓稈暴爐一同に会し、久しぶりににぎやかで活気があり、それでいてなんだかほんわかしているいい感じの一日でした。

皆それぞれの想いを胸にお寺に足を運んでくれたのだ、と思うとちょっとぐっときましました。

「いろんな人がお参りに来ている西生寺もいいな」
「人々が集ってこそお寺なのかしらん」

次に西生寺に人々が集うのは夏の盛り、8月1日の「新盆会(あらぼんえ)」です。
狃犬Ν爐箸い┐弌阿刀家にとっても牴討録諭垢集う季節爐任后

毎年恒例で、フランスからバカンスを利用して里帰りをしてくる、パワフルな姉家族(4人)が我が家にしばらく滞在します。ふだんはアダルト5名でいい感じに静かにひっそりと暮らしている我が家ですが(ひっそり好き)、このときばかりは犧廚雖爐里茲Δ覆砲やかな毎日となります。

住職の妻であり、寺庭婦人であり、阿刀家長男の嫁でもあり、フランスチーム滞在で大人9名分の胃袋を満たさなければならない大役も担うことになる私…。
爐劼辰修蟾イ爐呂靴个蕕オフ、活動モードをオンにして猯彑鐶崟爐貌容します。

果たして今年も発令されるのか?
絶対服従の狡甲砲硫婆仁甅燹(←長男の嫁としてたまに威張る私(笑)…)


※画像左…当日の「水子地蔵尊エリア」の様子
合同供養祭のこの日の朝、中央の「水子子育て地蔵さま」に手作りの狎屬いくるみ爐鮹紊擦泙靴拭晴れの日のおめかしです。手作りといっても作ったのは私ではなく、妹(住職の)です。(ちなみにフランス在住の姉というのは住職の姉です)

※画像右…当日の「法要中の客殿」の様子
様子といっても外からなのでいつもと変わらないですね。この画像を撮った時、まさにお堂(客殿)の中では「施餓鬼・水子総回向法要(合同供養祭)」のお経の最中でした。十数名のお坊さんや参拝者でいっぱいの客殿の熱気が伝わりますでしょうか? あ、伝わりませんね。画像一枚でユーチューブに挑んだ私がバカでした。はい。


2012/07/07(土)
★プロが語る「おそうじ」のお話













むしむしじめじめぺたぺたの毎日です。
西生寺では7月15日の大般若へ向けて、毎年この時期に境内の植物の剪定や整備、諸堂の清掃をプロの方にお願いしています。

冬囲いからちょっとした看板の修理まで、一年を通してなにかとお世話になっている「庭師」さん(深山園)は、境内中のあらゆる木々のメンテナンスをします。

松や植木を丸い形に整える剪定(せんてい)や、伸びすぎた藤、桜、柿の木の枝落とし作業、斜面や展望台の草刈り、虫がつかないように薬剤の散布などなど、広い境内の数えきれないほどある植物のメンテナンスは2人で作業しても一週間ではとても終わりません。

窓拭きを中心とした「諸堂の清掃」は毎度おなじみ、おそうじのプロ集団「東新」さんにおまかせです。東新さんチームは今年も、ほぼ変わらぬいつものメンバーで登場しました(相変わらず仲が良いです)。2日をかけて庫裡や母屋、客殿など「一年に一度の大掃除」をしてもらいました。

私のいる寺務所は、正面メインの大きな窓ガラスをふいてもらいました。見事な狄,さばき爐鮓せて作業している、大ベテランの東新さんの社長奥さまと交わした爐修Δ犬砲泙弔錣觧談爐とても面白かったので、今回の「おてら通信」はおそうじの話です。おそうじのプロに伺った奥深〜いそうじの世界です。

●梅雨はそうじのベストシーズン
不快な季節の代表格の「梅雨」ですが、実はおそうじをするのにはベストな季節だということを知っていましたか?

意外な感じがしますが、なんでも梅雨のじめじめとした高い湿度(水分)が汚れをソフトにさせて、汚れを落としやすい状態にしてくれるのだそうです。
素人の我々はつい、よく晴れたピーカンの日に「さあ、拭きそうじだ!」となりますが、特に「晴れた日の窓拭き」はおすすめしないそうです。

なぜなら、太陽がでている日は乾燥が強いので、タオルとガラスの間に摩擦が起きるのです。静電気で髪の毛が立つのと同じ原理です。するとタオルの毛がガラス表面に付着してきれいに拭けないのだそうです。
結論。拭きそうじは湿度が高く太陽の出ていない「梅雨くもりの日」がベスト。


●窓ガラスの汚れの原因
窓拭きのコツの前に、窓ガラスの汚れの原因について少し。
汚れの一番は「油脂」です。

西生寺の場合特に、駐車場に止まったバスや乗用車の排気ガスから出る油脂の付着がひどく、寺務所以外の窓にも見られるそうです。実は排気ガスに交じっている油脂が空気中にまん延しているそうです。

これでガッテンがゆきました。「受付の窓ガラスってなぜ天ぷらも揚げていないのに、油っぽくなっているのだろう」と不思議だったのです。

もうひとつのガラスのべとべとの原因が「塩」です。

海のそばの地域特有の困った現象です。海からの潮風をまともに受けるのです。
「塩害」と言っても良いでしょう。アルミサッシ(窓枠)が痛むのが早いです。潮風がアルミに施しているコーティングを溶かすのだそうです。

●アルミ鍋が良くない理由
アルミのコーティングといえば、同じ寺泊にある「寺泊水族館」の管理も担当している東新さん。海に面している水族館のアルミサッシの隅には、アルミニウムが劣化する過程で発生する「塩化アルミニウム(白い粉末)」が盛り塩のように出現するそうです。この粉は脳神経を犯すという、かなりの毒だそうです。あ、

「もしかして、アルミ鍋が良くないというのはそういうことなんですか?」
と、突然思いついた私の質問に、奥さま「そうなんです!」

アルミ製の金色の鍋ややかんを使い続け、金色のコーティングが剥げてアルミがむき出しになり、銀色になってるのは危険すぎ。毒の塩化アルミニウムを含んだ面がむき出しになっているので、煮炊きするたびに毒が染み出しているのだそうです。

我が家は日常的に、温泉旅館をやっていた頃の大きな古いアルミ鍋(つまりアルミむき出し)を使って菜っ葉や枝豆をゆがいたり、大人数の味噌汁を作ったりします。

たけのこ数本とかわらびをゆがいて牾ソ組瓦爐鬚垢襪里砲癲一度に調理できる大きなアルミ鍋は大変便利です。しかし、そのまま鍋に沈めて灰汁出しをすることなどは「やめてくれーと悲鳴をあげたくなるくらい恐ろしい行為」なのだそうです。

そうだったのかあ。我が家のアルミ鍋ってじつは狷農渋い覆扠爐世辰燭鵑任垢諭
「これからも使う?それとも使わない?」と今、夫にたずねたら「昔はみんなアルミ鍋だったけど、立派に長寿じゃん」とのことです。

●窓拭きのコツ
毒なべの恐怖に思わず忘れかけてしまいました「窓ふきのコツ」です。

(気を取り直し)まず、バケツの水におそうじ洗剤(マイペットなど)を入れ「洗剤液」を作ります。洗剤は濃いめがポイント。市販のガラスクリーナーはおススメしないそうです。(理由は乾くと拭き跡が残るとか)

ガラスの拭き方は、よくやりがちなタオルを犢圓辰燭蠅燭衢茲燭蠅気擦詁虻遶爐錬裡任世修Α常に同方向に拭くとタオルの繊維がガラスに付きづらくなるそうです。

最後の仕上げは、温泉旅館でもらうような乾いた薄いタオルを使うのがポイントで、顔をやさしくクレンジングするように、ガラス表面をやさしくやさしーくクルクルとなでるように拭くと、見事に透明なすっきりガラス窓になります。

●名言「そうじはやりとり」
拭きそうじ版。濡れたタオル(ぞうきん)で汚れている部分に水分を与え、水分で湿った汚れはタオルに乗り移って、きれいにしたい部分(床・棚・窓)から離れてこっちに戻ってくる。この爐笋蠅箸蠅侶り返し爐任匹鵑匹鵑れいになってゆくのがおそうじなのであーる。ゆえに「そうじはやりとり」なのであーる。な−るほど。

以上、そうじ&片づけが苦手な私が、そうじ&片づけのプロの方から伺った「おそうじの話」でした。奥深〜〜いそうじの世界の一端を垣間見た気がしました。
(垣間見るだけじゃなくてちゃんとおそうじしましょう。ね、わたし)


※画像左…宝物堂前「丸まった植木」
庭師さん作。きれいにまあるく刈られた植木たち…。猝椶砲弔植物が丸くなった爐箸いΔ世韻如⊃瓦琉貮瑤常に可笑しくて、気持ちまで丸まったみたい。この場所以外にも境内にいっぱいある爐海豬呂凌¬據覆弔弔検Δ気弔なども)爐癲△かげさまでぜんぶ丸まりました。丸刈り直後の今がいちばん見頃です。

※画像右…寺務所受付のガラスふきの様子
ガラスに直接書かれている白い文字に触れずに、文字の隙間まできっちりときれいにガラスを拭くのは根気のいる作業です(濡れたタオルで触れるとはがれ落ちたり消えてしまう)。狄人泣かせ爐箸いΔ海料襪蓮▲廛軛罎離廛蹐留さまが毎回担当しています。
で、この窓一枚にかける根気と技術の感覚は、ちょうど祭の夜店の「型抜き」(小麦粉の薄い板の型を針でつついて型を抜くやつ)によく似ているとのことです。
なつかしいなあ、型抜き屋台って今もあるのかなあ。


2012/06/26(火)
★7月15日「大般若法要」のご案内













夏を目前に、休日を中心に参拝者が増えて少しは忙しくなってきた感のある西生寺です。旅行で新潟県を訪れて、さらに「西生寺に行ってみよう」と思ってくださるなんて「ありがたい話だなあ…」とうれしくなると同時に、ついでに「ホームページ熟読してきました。HPの方ですか?」なんて言われてしまうともうダメです。はずかしくてみるみる顔がこわばってしまいます。

そうじゃなくても最近困ったことに、四半世紀も風雪に耐えていた牋賈腓猟イ蟷罩爐、老朽化に耐えきれずついにめくれてしまい、隠していた看板「おいしい甘酒あります」が25年ぶりに露出、いつお客さんに「甘酒くださーい」と言われてしまうのではないかと、びくびくしながら受付ライフを送っている小心者の私なのです。
(どうも昔、ほんのいっとき、きまぐれで、この受付寺務所で甘酒を売っていたらしい。)

さて今回は「大般若法要」のご案内です。

7月15日(日)、当山西生寺において「大般若祈祷会」と「施餓鬼・水子総回向法要(合同供養祭)」が今年も開催されます。大勢の僧侶より読経していただき、水子精霊やご先祖さまを供養する法要や「大般若六百巻」による所願成就の大祈祷会が厳修されます。

今年の大般若(7月15日)はうれしいことにちょうど日曜日です。予約も必要ありません。どなたでも気軽にご参加いただけますので、ぜひ家族みんなでお参りください(小さなお子さんも大丈夫です)。

なお当日「ご供養」や「ご祈祷」をお申込みいただく方は、午後1時半までにお越しいただき「庫裡の受付」にてお申込みください。

ぜひこの機会にご参加いただきたくご案内を申し上げました。

【日時】:7月15日(日)
【時間】:午後1時「ご法話」、午後2時「大般若祈祷会」、午後2時半「施餓鬼・水子総回向法要

【受付】:西生寺「庫裡」

【塔婆料(御供養料)】:(先祖供養、水子供養など一件につき)2,000円

【大般若祈祷会祈願料】:(一件につき)2,000円
家内安全・病気平癒・交通安全・身体健全・商売繁盛・開運満足・厄難消除
合格祈願・学業成就・安産祈願・家門繁栄・その他

【問い合わせ】:0258−75−3441(西生寺)


※画像左…昨年の「大般若六百巻転読法要」の様子
600冊ある大般若の経本を大勢のお坊さんで手分けをして一冊づつ「転読」していきます。この時、怒っているみたいなびっくりするくらいの大きな声で「だーいはんにゃはらみったきょう○△□!」と唱えるのが特徴です。経本の「梵風(ぼんぷう)」にあたると一年間無病息災でいられるという御利益があるとされます。

※画像右…昨年の大般若会で「挨拶」をする長老
集まった方を前にあいさつを兼ねた法話をするお父さん。こうして法衣を身に着けたお父さんを見るとつい「あ、お坊さんのお父さんだー」と間のぬけたことを心の中でつぶやいてしまいます。


2012/06/16(土)
★寺庭婦人とお葬式













梅雨の晴れ間は貴重です。
久しぶりにお休みをもらって「外出をしよう」と決めていた日、檀家さんがお亡くなりになり「お葬式」が入りました。というわけで、とっても楽しみにしていた牾綾亅爐任垢急きょ、中止になりました。

お寺に暮らしていると、当然のことですが急に入るお葬式で、計画変更や中止はよくあることです。寺庭の私も「当然、それどころじゃなくなったってこと」と即座に納得です。

こういう事態を避けるために、実はお坊さんや寺庭婦人の多くの会合がお葬式のない猴Оの日爐鯀んで設定されています。

とはいえ、西生寺は檀家さんがとても少ないお寺なので、檀家さんを多く持つ他のお寺と違って「お葬式」はめったになく、施主の方より第一報の電話が入ると、寺庭のくせに私なんて「え?お葬式?」といまだに驚く癖(くせ)が抜けません。

お亡くなりになったという第一報の電話も、ちょっと前までは思いっきり深夜とか多かったのですが、最近は早くても早朝くらいになったのは、檀家さんの配慮なのでしょうか。

菩提寺側にとって一連の「葬儀」の最初の儀式としましては、電話を受けてから御遺体が自宅に到着してご安置されたあとに行われる「枕経(まくらぎょう)」です。

住職が枕経に行っている間に、寺庭婦人の我々の仕事は「告げ」の準備です。「告げ」とは遺族の親戚の方が、菩提寺に亡くなられた事を正式に報告に来る事です。いつ来られても良いように、玄関に灯りをつけたり、お茶の接待の準備をして待ちます。(電話の無かった時代は、この「告げ」が第一報を伝える大切な役割でした)

お葬式となると大忙しなのはやはり僧侶である住職です。

ご遺族の檀家さんや葬儀屋さんとの打ち合わせ、故人にぴったりの戒名を考えて、その戒名を記した「七本塔婆」(※塔婆一本が7日分、四十九日目の納骨までの合計7本)などの葬儀に使うもろもろの準備、納棺、お通夜、告別式、三十五日の法要など、我々寺庭婦人には手も出せない、お坊さんならではの仕事が山ほどあります。

寺庭サイドとしましては葬儀のなかで、ご遺族の檀家さんやご親族の方と唯一接する機会が「礼参(れいさん)」です。礼参とは、告別式や葬儀をすべて執り終えた後などに、ご遺族(親族)が菩提寺にお参りに来ることです。礼参の準備は数少ない寺庭の仕事です。本堂のおそうじ、お供物や仏花の準備、檀家さんにお茶を出す庫裡の部屋をセッティングしたりします。

寺庭の間でたびたび話に出るのが、この猯藥欧凌与瑤鬚匹γ里襪爐任后
細かいことのように思われますが「いったい何名の方がお寺にお参りに来られるのか?」
が、準備担当で当日も接待(いわゆるお茶出し)をする寺庭にとっては意外と大切なことなのです。

「世間だからそれほど大人数ではないね。」
「いや、告別式のあと直にお寺だから、意外とたくさんかも。」

などある程度予測して人数分の「部屋つくり」(※テーブルセッティング、座布団、お茶わん、お茶菓子の用意など)をすることになります。

予測してセッティングするものの、当日、礼参に来るマイクロバスに乗ったご遺族や親族の数で狃蕕瓩得騎里平与瑤判明爐靴泙后お湯を沸かしポットを用意して狃猗万端爐蚤圓措ける寺庭側としては、礼参ご一行さまと一緒に菩提寺に向かっている住職からの電話で、初めて正確な人数がわかり、準備していたよりも来る人数が多い時などは、お母さんの園子ママとあわてて茶わん(茶たくも)や座布団を増やしたりします。

寺庭の間で話題になるのが「礼参の人数をもっと早くに知りたい。(たとえばお通夜の日とか)直接施主にたずねて良いものか?」ということです。

夫の住職に「そんな失礼なこときけるわけない」とバッサリと言われた寺庭がいたり、「事前に何名来るのか必ず住職に聞いてもらうようにしている。その方が準備に無駄がないもの。」と言う寺庭もいます。西生寺の場合は「だいたい○名くらいだろう」と住職の予測(勘?)で準備しておいて当日電話をもらう爛泪ぅロバスパターン爐任后

寺庭同士のなにげない会話の中で分かる事もあります。

西生寺では接待をする庫裡(くり)にテーブルを並べますが、私はずっと「これが普通」と思っていたら、ほとんどのお寺がテーブルを出さないで座布団だけという事を知りました。その方が牾抬爐世掘△気辰修園子ママに提案してみたら「うちは檀家さんも少ないから(たまの葬式なのだから)、机くらい出しましょうよ」と悲しそうに言われてしまい、楽しようと思った自分が少し恥ずかしくなりました。

さて、せっかくですので、ここで檀家さんも多い地元の「野積集落」の葬儀の特色も書きたいと思います。

我々の暮らす野積の集落は、セレモニーホールでの葬儀ではなく「自宅での葬儀」が多いです。田舎ならではの大きな家が多く、冠婚葬祭用の大広間や立派な仏間のある家が多いからでしょうか。昨年の秋にようやく寺泊初のセレモニーホールができたのでホールでの葬儀も少しずつ増えてきましたが、他地域と比べると自宅で行う事に強いこだわりを感じます。(セレモニーホールの場合、お通夜の日は村から弔問客用の送迎バスが出ます)

それと「お通夜」が二晩あるのも特徴です。これは「死者が生きかえるかもしれない」という昔からの風習によるものです。医療がしっかりとしていなかった時代は、亡くなったと思っていた人が生きかえることも本当にあったそうです。(正式なお通夜は2日目)。

お通夜では、法要の前に、村のおばあちゃん達が味わいのある「念仏」を唱えるのも独特です。それとお通夜や告別式などすべてが終わるまでのあいだ、家族・兄弟などのご遺族の一部の人(だいたい6〜8名)が首から真っ白の爐気蕕靴良朖爐鬚けています。

これも野積独特の風習です。これは納棺前の「湯かん」に立ち会った家族のうち、直接ご遺体に触れた人が爐印爐箸靴騰牋貳燭里気蕕靴良朖爐鮨与分に切り分けて首からかけるのです。さらにその人数は絶対に「偶数」じゃないとダメなのだそうです。もし、奇数だと「余ったひとりが亡くなった仏に呼ばれて、あの世へと一緒に連れて行かれる」という迷信が野積では古くから言われているからです。

そしてなんといっても野積は猯藥欧凌瑤多い爐任后K棆函∧家と合わせて礼参に来るので「庫裡」に入りきれないかと思うくらい、子供から大人まで一族総動員で本当にたくさんの親族の方が来ます。圧巻です。

核家族&都会育ちの自分は「本家」とか「分家」とかも知らずにお嫁に来て、苗字が同じなので「屋号」で呼び合い、数珠つなぎのように「実はあっちの家とこっちの家も親戚だよ」みたいなことは大変驚きでした。

従って野積の人たちは、大勢いる「身内の冠婚葬祭」の出席(主に男性の仕事)や、勝手などの手伝い(女性の仕事)がしょっちゅうです。「うわあ、大変そう…」と思いますが、少なくとも都会のような犖瀕死爐箸鰐輝錣任后

「いつか自分もあの世へ逝く時は同じようにして見送られる」という確信は、今の時代では貴重な安心感ではないだろうかと思います。

今でこそホテルや日帰り温泉施設、オシャレなレストランがたくさんある野積ですが(我々夫婦はこれを猝鄒僂隆饑廰爐噺討鵑任い襦法△つて野積は村内の者同士での結婚が当たり前で、村人全員が身内も同然、皆で助け合って暮らしていた閉鎖的な村だったそうです。その名残り?なのか、いまも強烈な個性や風習を保ち続けるこの集落に狹勅砲猟賣廊爐鮓る思いがします。

※もっと今の野積を知りたいっ!という方は当サイトの「リンク」のページで野積観光協会のHPがありますのでどうぞご覧ください。


※画像…今年の西生寺境内の「紫陽花」
ツツジとサツキの見分けもつかないような私とちがって、草木が大好きな園子ママ自慢の「西生寺境内のあじさい」が今年も色づきはじめました。この冬の大雪で客殿の屋根から落下した雪の山が「あじさいの冬囲い」を直撃し、冬囲いごとあじさいの数本が押しつぶされてしまいました。

ほぼ根本から折れてしまい、ただの狠秧Гに性爐地面にささっているように見えたので「どう見ても枯れちゃったよね、でもダメならダメで別にいいよね、咲き終わりの花を摘む面倒も減るし、ムヒヒ…」と、まるで枯れることを期待するような私の夫へのコメント。(数年前から園子ママより言いつかって、時期を過ぎたあじさいの花をカットする担当になった私。翌年の栄養のためだそうです)

しかし、今朝写真を撮りに3月以来初めてあじさい群に近づいたら、なんとすべての棒から葉っぱが出ているではありませんか。棒を引っこ抜かなくてよかった、というかすごい生命力だなーと舌を巻きました。もしかして園子ママの執念かなあ。「草木いじりをイヤがる嫁子の直子さんに、やでまか(無理やり)花を摘ませる」みたいな(笑)。


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