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2013/11/06(水)
★寺庭婦人会「絵解き研修」−信州長谷寺を訪問−














真言宗智山派「新潟第一教区寺庭婦人会」でこのたび「秋の研修旅行」が行われ、私も参加して参りました。訪ねたのは長野県長野市篠ノ井にある日本三所長谷観音「信濃三十三観音霊場」の第十八番札所である信州の古刹「長谷寺」です。

はるばると長野の長谷寺さまを研修で訪れた目的は、長谷寺の寺庭婦人の岡澤恭子さん実演による涅槃図の「絵解き」を観ることです。

実はこの「絵解き研修」は東日本大震災で延期されていらい、2年越しに実現となった企画でした。牾┣鬚(鑑賞)初体験爐箸覆觧笋砲箸辰討蓮待ちくたびれるくらいに待ちに待った研修旅行でした。

以前、4年くらい前の「おてら通信」で一度、岡澤恭子さんの絵解きを紹介したことがあります。「寺庭婦人会総会」で、全国の寺庭が集まる総本山智積院の「寺庭婦人研修会」に参加した寺庭より、この時本山で行われたという牾┣鬚爐紹介されたからです。

子供から大人まで、誰にでも分かるようやさしく物語性たっぷりに仏さまの世界を読み解いていくという、私が初めて知るところとなった聞き慣れない「絵解き」という布教のこと、そしてその絵解きを実演しているのが、長野の若い寺庭の岡澤恭子さんという方であることを知ったのです。

私はこのとき、家事も育児もお寺の仕事もこなしながら、布教活動も積極的に取り組んでいる寺庭婦人の存在に衝撃を受け、「なんともびっくりなスーパー寺庭婦人がいたもんだ!」と受けた衝撃の強さを率直に「てら通」に書き綴ったのでした。

そんな「絵解き師」岡澤恭子さんは、いまや本山や仏教系のイベントにひっぱりだこの有名人。ますますご活躍されていて、あいかわらずのスーパー寺庭です。

その時の「てら通」は残念ながらサーバのトラブルでネット上で空中分解してしまい跡形もなく消滅、同時に私の絵解きに対する知識も限りなく消滅してしまったため、今回の「絵解き研修」で、岡澤恭子さんが我々にお話しをしてくれた中から、仏教の布教活動の一端を担っている「絵解き」について、意外と古い歴史や現状、絵解きの内容(実演)、私の感想など、改めて書き綴ってみたいと思います。

それではどうぞ。


●絵解きは語り技:「絵解きの歴史」
「絵解き」とは、お釈迦さまの入滅の場面をあらわした「涅槃図」などの牾歇喚爐防舛れた仏画を前に、仏画に描かれたさまざまな登場人物に隠された壮大な物語を、ひとつずつ指差しながら、分かりやすく丁寧に読み解いていく技である。

起源は2500年前にすでにインドにあった。シルクロード経由で平安時代に日本に入ってきた。当時日本では絵解きは皇室や貴族だけの娯楽だった。
鎌倉時代になると「絵解き師」が誕生し、全国一般の人々に浸透していった。
江戸時代になると、娯楽の対象として「村祭り」などで実演されるようになり、仏教に興味をもってもらう役割を果たした。

文字が読めない人にどうやって仏教を伝えたらよいか、どうしたら広く民衆に「仏教って何かいいんじゃない」と興味を持ってもらえるか。絵を読み解いていく「絵解き」は文字が読めない人でも楽しめるので爛戰好箸壁朸擬蠱吻爐箸靴導萢僂気譴拭3┣鬚をきっかけに仏教に興味を持ち、お寺参りを始めるなど、絵解きが信仰への扉となった。

しかし、明治時代の「廃仏毀釈」で絵解きはいっきにすたれてしまう。さらに戦後のテレビの普及により「紙芝居」同様に、事実上絵解きは滅んでしまった。

●絵解き復活のきざし:「現在の状況」
しかし、絵解きは滅びかかってはいるが、完全に途絶えることはなかった。それは、お寺によくある「涅槃図」のおかげだという。絵解きの基本ともいえる「涅槃図の絵解き」をはじまりに、全国の寺庭婦人の絵解き師により、現在少しずつ復活しており「絵解きってなあに?」などのイベントも開催されたり、ふたたび絵解きは広がりを見せ始めている。

絵解きをしている人(絵解き師)は、宗派問わず犹庭が中心爐如∩換颪烹横或佑呂い襪蕕靴ぁ△箸里海函爐蕕靴き爐箸△い泙い覆里蓮絵解きをしている恭子さんでさえ、全国に何人の絵解き師がいるのかまったく知らないそう。意外にも、絵解き師たちのネットワークはまだないそうで来年初めて長野で「絵解きサミット」が開催され、初めて全国から絵解き師が集結する予定だとか。

ちなみに岡澤恭子さんのいる長野県では、恭子さんを含め3名の絵解き師がいるそうです。(一名は絵解きの研究家、もうひとりは他宗派の寺庭婦人)


●絵解きの基本:「涅槃図」について
絵解きの一番の基本といえる爐釈迦さまの「涅槃図」の絵解き爐呂よそ45分。
涅槃とは牋造蕕の世界に入った爐箸いΠ嫐。お釈迦さまは、宗派を超えているので「涅槃図」は各宗派で守られてきた。絵は、インドのクシナガラの地で、黄金に輝くお釈迦さまのまわりに、お釈迦さまの死を嘆き悲しむ信者や仏さま、動物など52種類の生き物が描かれている。

※通常、お寺で「涅槃図」がお堂内に掛けられるのは、お釈迦さまが入滅された日の2月15日(もしくは3月15日)です。新潟県だとお供え物としてカラフルな爐しゃかさまだんご爐魘,┐討参りをします。小袋に分けて爐世鵑瓦泙爐鬚垢觧院もあります。

●絵解き歴15年:「岡澤恭子さんと絵解き」
恭子さんが絵解きを始めたきっかけとなったのが、平成8年にお寺でボロボロの姿で発見された大きな「涅槃図」だった。2年かけて修復、平成10年にこの涅槃図をもとに、だんなさまの住職が「絵解き」を始めたがウケず?、試しに奥さまがしてみたら猯匹った爐修Δ如以来「絵解き」は寺庭婦人の恭子さんのライフワークとなり、自坊以外でも全国に呼ばれ「絵解き」実演をしている。

そんな恭子さんが「絵解き」を実演するにあたりいつも心がけていることがある。
それは「単なる絵の説明になってはいけない、魂を込める布教である」という事を一番に思って演じている。


それではいよいよ45分間におよぶ恭子さんの牾┣鬚実演爐任后


●初めての体験:「絵解きの世界」と私の感想
第一声、「祇園精舎の鐘の音〜」でドラマチックに始まった涅槃図の絵解き。観音さまみたいな雰囲気と声を持つ、絵解き師岡澤恭子の魂を込めた犹悲の世界爐砲靴腓辰僂覆ら引き込まれた感じ。まるでちょっとした牋貎夕乃鎰爐里茲Δ澄

(そうか、ご本尊さまがお観音さまだし、ほんわりとやさしい物腰の恭子さんて長谷寺にぴったりの寺庭だったのね)

片手にマイク、もう片方に指さし用の棒を持ち、ゆっくりゆっくりとやさしくお釈迦さまの誕生から順を追って物語がすすむ。それにしても猖聖箸き爐巧み。絵の人物を指すほかにも、体を我々の観客の方に向けて、視線をはるかかなたに向け、新体操のリボン棒?みたいに棒を宙にウエーブさせて雄大なヒマラヤ山脈を表現したり、登場人物別(セリフ別)にちょっと声色を変えたりと小技も効いている。

もちろん、台本なんかは一切見ず犂欅典爐如⊇蕕瓩ら終わりまで爐泙襪妊轡襯のようななめらかな語り口調爐聾事のひとことです。

お釈迦さまの誕生、出家、悟りと始まった語りが、いよいよ涅槃図の場面になると「皆さまも一緒に、クシナガラの森、お釈迦さまの涅槃の場にいるつもりでどうぞお聞きください」とひと声入り、「絵解き」もクライマックスを迎えます。

牾┐防舛れた登場人物爐鬚劼箸蠅困墜匹濂鬚い董⊃擁に次々と物語を吹き込んでゆきます。すると、ただの絵に描かれたものだったのが、実はこういうドラマがあるのだと知ると一瞬にして、涅槃図を見る我々の心が変わるのです。これぞまさに「絵解き」の真骨頂ともいえるでしょう。

24年間お釈迦さまのおそばにいた一番弟子のアーナンダは色白美男子に描かれている、知らずに毒キノコ料理を振る舞ってしまったチュンダ、母親のマーヤ、我が子を失った辛苦でお釈迦さまに救いを求めるキサーゴータミー、6歳で出家してずっと父についてきた息子のラーフラー、嫌われ者の鬼のソクシッキ、四天王、菩薩さまたち、動物、虫、などなど、お釈迦さまの涅槃を嘆き悲しむ大勢の者たちに囲まれて、お釈迦さまは2月15日の満月の夜、80歳で涅槃に入られました。

最後は、お釈迦さまの入滅が伝令で森々に伝わり、お釈迦さまのいるクシナガラのサラの木のもとに到着した動物の順番が、ネズミ、牛、虎、蛇…と「実は12支の干支の順番でした」という親しみやすい身近な爛チ爐ついて涅槃図の絵解きは終了しました。


長谷寺さまの涅槃図はとっても大きくて、まるで自分もその場に立ち会っているようなリアリティがありましたが、小さな掛軸でも「絵解き」は可能だそうです。

そしてどんな題材の絵でも「絵解き」ができるそうです。例えばお大師さま関連、曼荼羅(まんだら)、川中島の合戦、お寺の縁起絵巻などなど。中でも金剛界・胎蔵界の「曼荼羅の絵解き」はかなり高度な技の習得が必要とのことでした。


最後、岡澤恭子さんのあいさつの〆の言葉は、
「自分にできることをして、精いっぱいに今日を生きましょう」でした。

私流に解釈すると、出来そうもないことを無理にやろうとはせずに、やれそうな事を後回しにせずに、今日のうちにやれる事はちゃんとやって、気分よく楽しく生きましょう、という感じでしょうか。


こうして恭子さんのすばらしい絵解きの実演は終わりました。
しかし、私の狡甲寺訪問爐量榲は、絵解きのほかにもじつはもうひとつあったのです。

じつは恭子さんのだんなさまのご住職さまは爛船戰奪板稔爐覆里任后
(「チベット問題を考える有志の会・チベットの風」メンバー)

亡命中のダライ・ラマ14世やチベット仏教に詳しく、チベット族に対する民族・宗教弾圧で、宗教の自由などを訴えて焼身自殺が相次いでいる現実、武装警官を配置し街のいたるところに設置された監視カメラによる住民監視など、ますます深刻化している「チベット問題」に熱心に取り組んでおられる方で、自坊でもチベットの仏画を紹介する活動を行ったりしています。

私も日ごろから、中国共産党指導部が掲げる「民族融和政策」の名のもとで行われている、少数民族に対する弾圧や締め付けに関心があり、多少なりとも独学しているので、ぜひご住職さまが編集に携わり会で発行したという、ダライ・ラマ14世やチベット問題を取り上げた冊子「悲・コンパッション」を分けていただきたかったのです。

(中国が言う猝餌架始足爐箸蓮∧顕修盻ゞ気盡斥佞皸磴人口の9割を占める漢族中心の社会(支配)に、少数民族はおとなしく良い子に従いなさいという意味)


念願だった岡澤恭子さんの絵解きも鑑賞できたし、チベット通のご住職さまにお会いしてチベット冊子も分けていただいたし、今日は何と収穫多き一日なのだろう。(秋の大収穫祭だ!)

なによりご夫婦の人柄(心構えとか)と、二人三脚の簡潔であたたかいおもてなしに接し爐寺のあるべき姿爐箸いΔ發里鮓た気がして、今回の寺庭婦人会の狄州絵解き研修旅行爐和腓い紡腓い吠拔になりました。私にとっては猜の一日爐任靴拭ありがとうございました。

日帰りの研修旅行を終え、西生寺に帰宅した夜、私が今日の絵解きを楽しみにしていた事を知っていた住職の夫に「絵解きはどうだった?いかった(良かった)か?」と問われました。

さっそく「待ってました」とばかりに私はその場で、来年度のカレンダー(ちなみに靖国神社の)の丸まった筒を指さし棒にして、身振り手振りで一生懸命に岡澤恭子さんの絵解きの真似をして犲分の興奮ぶり爐鯢廚謀舛┐燭里任后

でもなぜだか低い声のお釈迦さまのセリフ「アーナンダよ…」と言うと、自分の低い声がとっても変で、変なのがとっても可笑しくて、何度もやって自分で笑いが止まらなくなり「大丈夫か?」と狷の方爐鮨看曚気譴討靴泙い泙靴拭



●画像左…信州 長谷寺「本堂」
駐車場から長い石段を登った先、篠ノ井の市街を見渡せる景色のよい場所、絵解きが行われた「庫裡」の脇にある、京都のお寺のような猊奮覆班格爐ただよっている趣のあるご本堂です。

御本尊さまである十一面観世音菩薩がお祀りされている「観音堂」はさらに奥の、また一段高い場所にあります。その奥には「三十三観音石仏」や「不動堂」があったりと、観音霊場らしい小高い所にあるお寺は、境内にさまざまなお堂がありゆっくりと参拝ができます。紅葉にはまだ早かったのですが、毎年、小さく細かい葉の爐發澆犬旅藩姚爐聾事なもので晩秋の境内を錦に彩るそうです。

●画像右…長谷寺所蔵の「涅槃図」と岡澤恭子さん
長谷寺の寺庭で絵解き師の岡澤恭子さんです。涅槃図を前に、絵解き実演の前の説明を行っている場面です。今回絵解きに使われたこの大きな涅槃図は、江戸時代中期の作品でとても見事なモノでした。これは犁霏腓舗載竸洵爐罵名な、京都の「東福寺」系の作品だそうです。

その証拠となるのが、東福寺系の絵師は普通は描かれることのない「ネコ」をわざわざ描くのが有名な一派であり、長谷寺の「涅槃図」にもしっかりとイノシシの上に、ドラミーっぽいネコが描かれているからだそうです。これを聞いた新潟の寺庭たちはとたんに「自分の寺の涅槃図にはネコがいるかしらん」と気になり出しました。


【お知らせ】:
信州三十三観音霊場の長谷寺さまは、ご夫婦のセンスがあふれるステキなホームページがあります。ぜひご覧になってみてください。
ホームページ:http://www.hasedera.net/index.html


2013/10/27(日)
★里帰り 〜親子3人「国立歴史民俗博物館」の巻〜














秋の味覚、佐渡名産の「おけさ柿(さわし柿)」は、甘さも大きさも今年はかなりの狹たり年爐世修Δ任垢、西生寺境内に唯一ある柿の木は、今年はひとつも実がなりませんでした。

別に食べるわけではないのですけど、紅葉して落葉して丸裸になった枝に、オレンジ色の柿の実が数個ぶらさがっているのを眺めるのが猗媾爐鮖廚錣擦詆情があってなかなか好きだったので、最近「実が無い」事実を知ったときはちょっとしたがっかり度でした。

さて、11月から開催される弥彦神社「菊まつり」前の拝観がヒマなこの時期に、靖国神社の秋季例大祭と千鳥ヶ淵戦没者墓苑のお参りを兼ねて、私ひとりで毎年千葉県船橋市の実家に数日間「里帰り」をしています。で、今年も里帰りして来ました。一応これでも爐盆の里帰り爐覆鵑任后

ふだん、日本海の荒波というよりは強風にもめげず、巨大ムカデも出没するような文明から孤立した山の中の広ーいお寺で、必然的な大きな声と、誰に気がねすることもないので遠慮のない生活音をたてながら猝鄒犬辰櫃暮らしている身爐砲蓮⇔梢討諒襪蕕硬垈颪龍垢ぅ泪鵐轡腑鵝覆い燭辰読現狹)は、なにかと窮屈で仕方がありません。

父と母には、嫁に出して以来、新潟のそんな環境で培われた私の動作や言動が、どうも爐さつ爐鳳任襪茲Δ如滞在中は「もう少し小さな声で話して」とか「音をたてると下階に響くから気を付けて」とか「ちゃんとお皿に出して食べなさい」みたいな、子供や孫に対して注意するようなことを言われ続ける爍苅該个了匐´爐伐修靴泙后

今回の里帰りでは、なるべく爐行儀の良い子でいようと努力する娘爐了笋班稱譴裡蛙佑如△發靴したら初めてかもしれない爐舛磴鵑箸靴燭でかけ爐鬚靴泙靴拭

3人きょうだい長女の私は、子供の頃、出かける時はいつも家族5人だったので、こうして父と母を独占して爍蛙佑世鵜爐箸いΔ里蓮何歳になってもうれしいようで、私の心中の盛り上がりはそれはそれは大したものでした。

行先は前からずっと行ってみたかった所、同じ千葉県の佐倉市にある「国立歴史民俗博物館」です。

京成線で成田空港まで行く時いつも通る「佐倉駅」で下車して徒歩で10分。城下町だった佐倉の街中を抜け、かつての陸軍歩兵第57連隊が駐屯していた場所(佐倉城跡)の長い坂道を上った高台に「歴博」はありました。
(ちなみに新潟県高田の歩兵第58連隊が千葉の習志野で編成された当初、佐倉の歩57とは兄弟連隊だったよしみがあります)

6つの「展示室」で構成されている「国立歴史民俗博物館」は爐△泙蠅帽いのでとても一日では回りきれない爐箸いΔΔ錣気鮗にしていたけれどそれは本当でした。時代ごとテーマごとに分かれたひとつひとつの「展示室」の展示品の充実ぶりはさすがは国立だけあって圧巻です。

特定の地域にかたよらず狒換饂詭遶爐埜殿紂米貶検μ鐇検砲ら現代(戦中戦後・経済成長)まで、様々な展示品を通してその時代を感じ、日本の歴史をたどっていけるのが特に良かったです。

(例えば長岡にある「新潟県立歴史博物館」は、新潟県の歴史を知る博物館です。新潟県内で大量に出土される有名な火焔型土器や新潟地域の縄文時代の暮らし、稲作、雪国の暮らしなどが中心の展示です)

我々親子3人は、午前中から入館して「古代(縄文・弥生)」、「民族(日本の民族文化)」と2つの「展示室」をまわり、ランチを館内のレストランで食べ(私は「歴博ドック」の名前にひかれてホットドックのセット、父は「古代米カツカレー」、母は「佐倉味噌の魚ホイル焼き定食」をチョイス)、午後もせっせと「展示室まわり」を続けました。

しかし「近世(平安・貴族の暮らし)」、「文明開化・大正時代」まで来ると(時刻は3時すぎ)、足と脳みそがマヒしてきたので、残る2つ「中世(江戸)」、「銃後・現代」は「また次回来よう」ということで断念しました。

犂僂垢爐砲茲螢悒蹈悒蹐砲覆蠅覆らも、最後の力をふりしぼって実は私が一番楽しみにしていた「ミュージアムショップ」へ。

私が今回の歴博で一番気に入ったのは、なんと狆輪(はにわ)爐任靴拭

新潟の歴博では、縄文時代の土偶(宇宙人型、ハート型など)はたくさん展示されていて「自分は絶対縄文時代派」と思って疑わなかったのですけど、今回初めて縄文より後の時代に作られた猖槓の埴輪爐鬚燭さん観て、すっかり爐呂砲錣量ノ廊爐縫魯泙辰討靴泙い泙靴拭
(埴輪は千葉や埼玉など関東地方の出土が多いそうです)

で、置物好きな私のコレクター魂に火がついて、ショップで売っていた素焼き製の「埴輪(はにわ)のレプリカ」を狄道劭蛙予蕕瓩討里出かけ記念爐箸靴董△△襪世韻曚箸鵑描桓鑪爐鬮狢膺庸磴き爐靴泙靴拭(後から気付いたけど土偶も交じっていた)

ちなみに父は4人の孫用に「凧(たこ)」を、母はやはり孫用にと色々な「紙ふうせん」を購入していました。自分は自分だけなので自分用に埴輪ちゃんをいっぱい買いました。

一日、たっぷりと好きな時代を好きなだけ見学して「入館料」はたったの大人ひとり420円です。

「日本の歴史」の他に、日本各地の風習や文化(琉球やアイヌ文化も)、生まれてからあの世までの日本人の儀式、子供も興味を持つ日本の妖怪や関連グッズなどを紹介した「民族文化」の展示室は、今年3月にリニューアルされたばかりだそうです。ここでは幻といわれる「神戸人形(からくり人形)」の本物もずらっと展示されていて大満足でした。

父も母も「ここ(民族文化の展示室)は子供でも楽しめるから、こんど○○ちゃん(孫)を連れて来ようかな」なんて言っていました。ふたりともお土産は孫用だし、なんと言うか狢垢留洞僧廊爐里垢瓦気鯡椶療たりにした感じがしました。

帰りは船橋で夜ご飯を食べて(お寿司)、実家の飼い猫レオン(ロシアンブルー、オス11歳)」が首を長くして待つ家に帰宅しました。写真魔の父が近づいて来るとちょっと距離をとったり(笑)、親子3人のお出かけはとっても楽しかったです。

(そういえば船橋駅の地下街のお店でご機嫌なお父さんが、大人気の船橋市不公認キャラ爐佞覆辰掘辞爐離ーホルダーを買ってくれました。同じのを孫の○○ちゃんにも買ってあげたそうです)


※画像左…展示されていた「埴輪」
展示されていた埴輪の一部でこれは一番大きな埴輪です(腰くらいの高さ)。これほど埴輪に多様な種類があるとは知りませんでした。温かみのある素焼きが、はにわの柔和な表情や素朴だけどデザイン性のある衣装や帽子とぴったりマッチしていて、ため息が出るほどステキでした。

※画像右…ミュージアムショップで買った「はにわちゃん(一部土偶ちゃん)」
私の置物コレクション(こけし、マトリョーシカ、メキシコのカラベラ、日本軍戦闘機)にまたひとつ新しい世界が加わりました。画像には映っていませんが、今年春にタイの東北地方で買った地元出土の「彩文土器(素焼きに赤い渦巻模様)」のレプリカの壺とコラボさせて置くことにしました。タイと日本なのに不思議としっくりきます。

「はにわ」で思い出されるのは、中学3年の時の担任の先生(20代女性)が、帰りのホームルームの時にクラスの生徒に配っていた、先生手作りの新聞名が「はにわ新聞」でした。先生の顔がはにわに似ていて生徒からついたあだ名が爐呂砲鎰爐世辰燭ら「はにわ新聞」。この先生の手作りの「はにわ新聞」はなんと日刊!で卒業まで毎日発行されました。今ごろ「先生がんばっていたんだなー」と気付いても… 時間差ありすぎですね(笑)。


2013/10/14(月)
★村上へ「落ち鮎」を食べに行って来ました!














三面川(みおもてがわ)で獲れる狢湿紊虜爐覗換馘に有名な、新潟県村上市にある「布部やな場」まで車で2時間ほどかけ、夫婦で猴遒前将爐鮖爐未曚豹べに行ってきました。

鮎の塩焼きが大好物の我々夫婦にとって、弘智講が終わってちょっとのんびりしているこの時期に「布部やな場」まで出かけて丸々と太った子持ち鮎や、脂の乗り切ったオスの鮎を食べることは犧Fは一日アユまつり狹な秋最大のイベントとなっています。

「布部やな場」は村上市内からちょっと山に入った、山形県との県境の旧朝日村の三面川の上流にあります。そう、あの鮭があがる三面川です。つまり三面川は夏から秋にかけては鮎が大量に獲れて、秋以降は産卵のために海から遡上する鮭がたくさん獲れるという犒辰澆寮遶爐覆里任后

そしてなんと言っても「布部やな場」のすばらしい点は、ここで食べられる鮎が100%この川で獲れる天然の地アユという点です(他のやな場では地アユは予約制だったりする)。

やな場を運営しているのは「三面川鮭産漁協」です。

つまり漁協メインの犧漁爐行われない夏場限定で「やな場」をオープンさせ、やな漁で獲れた天然の鮎や雑魚を炭火で素焼きにしてどれでも牋賈棕毅娃葦漾丙の時期は鮎ならサイズによって一本1〜2匹)爐箸いΑ他のやな場に比べるとあまり商売気のないお手頃な値段で売っているのです。(きっと鮭で稼ぐから良いのでしょう)

素焼きの鮎は持ち帰っても良いし(地元の人は持ち帰りが多い。気軽に車で乗り付けて買って行く)、そのまま焼き場に併設された、囲炉裏(いろり)がいくつもあるオープンエアーの「茶屋」で、目の前の清流「三面川」を眺め、せせらぎを聞きながらしょうゆをかけて自由に食べることもできます。

茶屋と言っても売っているのは「鮎の素焼き」しかないので(あとは缶ビール、瓶ビールのみ)、この茶屋はその他の食べ物や飲み物(アルコールもOK)はセルフで持ち込み自由という、やはり商売気のなさがうれしい気軽なシステムです。
(地元のグループは夜の宴会で利用しています。鮎素焼きをひとり2本くらい注文して、その他いろいろは全て持ち込みというパターンが多いそうです)

しかも、混んでいる時間帯を除けば、メニューにはない牋召留焼き爐魏く焼いてくれます(同じく一本500円)。ですので我々はいつも平日のヒマな時間帯に、新米2合を炊いたご飯と、どんぶり茶碗2つを持参して訪れます。

我々のいつものパターンとして、塩焼きの注文と瓶ビールを買い、半日茶屋の囲炉裏を陣取って、時間差で焼きあがってくる出来立てあつあつの狹形外召留焼き爐髻漁協の人もびっくりするくらい何本も食べ続けるのです。
(どうやら漁協の人は犹泊から来るいっぱい食べる夫婦爐燃个┐討い襪澆燭ぁ

鮎は棲息する川と食べた物で味が全く違いますが、ここの三面のアユは新鮮で香りも良く、身がジューシーで、特徴的なのは一個一個がしっかりとしている内臓の味が非常にマイルドで砂っぽさもなく、驚くくらい何匹でも平気で食べられることです。

午後のヒマな時間帯なのでたいてい茶屋で食べている客は我々のみ。

焼き場担当の漁協のおじちゃんやおばちゃん(毎年同じ人が数名)と、今期の鮎についてや、じきに始まる鮭漁の話を聞いたり、「いつも遠い寺泊からわざわざ食べに来てくれてありがとね」と鮎の素焼きをおまけにもらったり、注文した塩焼きを大きい鮎2匹を一串に刺してサービスしてくれたりなどなど、かざらない素朴な漁協の方たちとの交流も楽しいです。

食べ疲れたらそばの「やな場」を覗きに行き(やな漁は夜間だそうです)、そこら辺をちょっと散策してマイナスイオンいっぱいの美味しい空気を深呼吸してちょっと休憩。こんな感じで午後2時くらいから日が落ちる夕方5時半ころまで、夫婦で「うまい、うまい」とうなりながら、のーんびりと心置きなく鮎をほおばり、食べ終わった塩焼きの串を囲炉裏の隅に刺して犇の山爐鮑Gも順調に築いていきました。


夫:「ここは牋抄瑤き爐砲箸辰討賄躙散燭世諭次こんなところ他にないだろ、たぶん」
私:「ほんとに。最高においしい鮎が食べ放題で、のんびりできるしいいところだね。まだまだ穴場っぽいし」
夫:「だね。焼き物一本勝負っていうのがいいよね」

食後、お腹も心もなんともいえない満足感で満たされた我々夫婦は、囲炉裏に刺さった爍隠庫椶龍爐鯣省放心状態でただ眺めているのでした。


私:「今年は記録更新じゃない?ちょっと食べすぎたかな?」
夫:「ちょっとどころじゃないね、やっちゃったね」

私:「一串に2匹が多かったから、食べた鮎の数はもっとだもん」
夫:「人間じゃないね、食貯めのできるクマだね」

ノドまで鮎が詰まったくらいたくさん食べたのに、次の日には何事もなかったように普通にお腹が空いてきたので正直びっくりしました(クマじゃなかった)。しかし、ふだんは魚の塩焼きが大好物な我々も、さすがにしばらく食べなくてもいいみたい。鮎喰いしてから4、5日経つのにまだサンマとかの魚の塩焼きを想像するだけで爐Δ鱈爐辰洞擦焼けてくるかんじです。(となりに居る夫は「煮魚なら食べられる」とうれしそう)


●画像左…迫力の「焼き場」の様子
ドラム缶のフタを取ったような大きな丸い覆いをして炭火で串刺しの鮎を焼いています。なんとなく白い粉(塩)がついたような鮎が、我々が注文した「塩焼き」です。大人数の夜の宴会の予約の注文が入ると、ドラム缶式のこれを2つ使って、多い時は300串とか焼くそうです。夏場は相当暑く苛酷な作業です。この日も宴会があり、準備する人がビールサーバーとかつまみ類とか持ち込んでセッティングしていました。

●画像右…茶屋の囲炉裏に刺した「塩焼きの鮎」
大きなドラム缶式の焼き場より、出来上がったばかりの鮎の塩焼き6串が我々の囲炉裏に到着。炭をくべた囲炉裏にとりあえず刺しておいて、次々と平らげていきます。右上の四角い囲炉裏の隅に食べ終わった串が刺してあるのがわかりますか?焼き場の人が言うには、どんなに食べる人でもせいぜい5本か、6本だそうです(笑)。

【布部やな場】:AM8:30〜PM18:00(ラストオーダー)
:8月〜10月第3日曜日まで営業(今年は10月20日まで)
:0254−72−1297(期間中問い合わせ電話)


2013/10/06(日)
★「弘智講」の御礼と報告














今年最後の年中行事「弘智講」が10月2日、無事に終了いたしました。檀家さん、信者さん、地元野積の皆さんなどいつも参加してくださる方々を中心に今年も大勢のお参りをいただきました。ありがとうございました。

この日は、開け放したお堂を狄瓩抜けるそよ風爐眠りを誘う、暑くも寒くもないとても過ごしやすい日となり、絶好の狃の弘智さまお祭り日和爐箸覆蠅泙靴拭のんびりとした空気がお寺全体を包み込み、お参りに訪れたみなさんもまるで日帰り温泉の休憩室のように、庫裡のテーブルを囲み、お茶菓子をつまみながらおしゃべりに興じたり、横になったり、各々のんびりと過ごしていました。

午前中の法話と法要が終わり、お昼のお弁当を食べた午後からは、「客殿」がステージに早変わり。おなじみ「土田芸能社」による歌や踊りのにぎやかな「演芸ショー」が始まりましたが、今年はちょっと奇妙なことになりました。

それはたまたまふらっと西生寺を訪れた修験道の格好をしたおじさんが、境内で大きな爐曚薐爐鮨瓩始めたからです。

最初は展望台で雄大な日本海に向かってぱおーんぱおーんと吹いていたのですが、そのあと私の居る寺務所の目の前まで来て「宝物堂」に一礼をしたあと、客殿から聞こえる演芸ショーの大音響のメロディーなど全くのおかまいなしに、強引に?ほら貝を吹き始めました。

土田芸能ファミリーの演奏するレトロな昭和のメロディーと、目の前で修験道スタイルのおじさんの吹く爐屬おーんぶおおーん爐版力のほら貝の音色が反発しながらも無理やりにぐるぐると重なりあって、エンドレスに境内に響き渡ります。

演芸ショーとほら貝というめちゃくちゃな組み合わせに、一瞬にして西生寺がまるごとどこか異次元へとトリップしたみたいになって、午前3時起きという寝不足も加わり「特別な日だもの、何でもありでいいんじゃない。弘智さまのお祭りはこうでなくっちゃ!」みたいなナチュラルハイ状態に…。

お寺はいろいろな人がお参りに来ることは前にも書いたと思いますが、今回は「ほら貝」でしたけど、つい先日は「弘智堂の前で尺八を演奏してもいいですか?」という九州ナンバーの車に乗った二人組のおじさんが現れ、弘智堂の前で黒いバックから取り出した尺八を組み立て、かすれた渋すぎな音色を披露していました。

越後新四国八八ヶ所霊場めぐり、良寛さん研究、芭蕉研究はもちろんのこと、菅江真澄を研究している人とか、全国の即身仏をめぐっている人とか、さまざまな事柄に対して「私はコレに夢中!」みたいな、驚くほどブレない情熱を注いで狄誉犬魍擇靴鵑任い訐菁擇燭銑爐、弘智法印即身仏をご縁に、不便な場所にある西生寺をはるばる訪ねて来るので「若い私も負けていられないな」ってとっても良い刺激を受けています。



●画像左…「弘智講」法要の様子
今回の弘智講からお堂内の畳に「法要用の椅子」が初登場しました。以前から「椅子が欲しい」と要望があったのですがようやく購入しました。当山は他寺にくらべて遅いほうで、お寺の法要も狎戯造ら→椅子爐すっかり主流となったようです。ひざに負担もなく楽でよいです。正座は日本独自の文化だけど、今の日本はだんだん正座をする機会が減ってきました。結婚した頃、長時間の正座が苦手でしびれて立てなくなったりした事がなつかしいです。

●画像右…「弥彦登山」で西生寺を訪れた小学生たち
秋は「登山シーズン」です。西生寺の駐車場を拠点に「弥彦山登山」に挑む、新潟県内小学校の児童たちが次々と当山を訪れる日が続いています。画像は弘智講が終わって2日後、だっくらとしている西生寺にやってきた新発田市の小学校の5・6年生です。
大型バス5台、総勢200余名の大軍団です。今シーズン「弥彦登山」で当山を訪れた小学校はこれでもう5校目です。スカイブルーのジャージに紅白帽が鮮やかな新発田の子供たちは、アリの行列みたいにして元気よく山へ登って行きました。


2013/09/24(火)
★10月2日「弘智講」のご案内と「石仏散策」のススメ














早いもので今年も10月2日の「弘智講」が近づいてまいりました。

「弘智講」は夏の大般若会(7月15日)に続く、西生寺オリジナルの大切な年中行事です。弘智講(こうちこう)という名前のとおり、当山にお祀りされている弘智法印即身仏さまのお祭りの日です。

毎年必ず10月2日に弘智講は行われます。それは10月2日は弘智さまが御入定された特別な日だからです。今から650年前の1363年(鎌倉時代末期の貞治2年)、即身仏となる決心をされた弘智さまが3000日におよぶ厳しい木喰行(もくじきぎょう)を成満され、この日、座禅を組んだままの御姿で御入定されたのです。

今年は弘智さまが御入定されてからちょうど650年という節目の年でもあります。

どなたでも気軽にご参加いただけますので、ご都合がつく方はどうぞお参りください。
一年でいちばん御利益のある日とされる10月2日、御霊験あらたかな弘智さまに想いを馳せてお寺で一日のんびりと過ごしませんか。
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【日時】:10月2日(水)
【時間】
:午前9時〜受付開始
:午前10時「法話」※大好評!本覚院ご住職さまの笑いを交えたご法話です。
:正午「お斎(昼食)」※お弁当(千円)を希望する方は事前にご連絡を。
:午後1〜「余興」
(おなじみ、土田芸能社による歌と踊りのステージです。余興料1000円です)
:午後3時終了
【受付】:西生寺「庫裡」
【お施餓鬼申込み】:(一件につき)2,000円
先祖供養・水子供養・家内安全・身体健全・病気平癒・商売繁盛・合格祈願・その他

【問い合わせ】:0258−75−3441
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では次の話題です。

★境内をぶらぶら「石仏散策」−おすすめは野仏さま−

長岡市にある「新潟県立歴史博物館」で秋季企画展「石仏の力」が始まりました。
(〜11月24日(日))

県内の各地域に昔からお祀りされている石神や石仏を取り上げて、そこから見える地域の歴史や信仰の広がりを紹介しています。いろいろな願いを叶えてくれる地蔵さまや村の守り神、道祖神などを展示しており「新潟県石仏の会」の創立20周年を記念した企画展だそうです。

西生寺境内にもさまざまな種類の「石仏」がたくさんあります。やんちゃ顔のお助け不動さまは「きれいな水の湧くところが良いの」と自ら主張して、西生寺でいちばんきれいな水が沸く池のふちに端座しておられるし、本堂「阿弥陀堂」へと続く参道脇には菅笠をかぶったお地蔵さまが阿弥陀さまの番人みたいに昔からその場所にいらっしゃいます。

他にも「気が付くとそこにいる」みたいに絶妙な場所に置かれている道祖神、カラフルな前掛けをした六体地蔵さまなど、数えきれないくらいの石仏が自然と一体化して境内に点在しています。

風雪に耐えて年月を重ねた石仏は、お堂内にお祀りされている牴爾ら見上げて拝む仏さま爐箸呂劼般0磴辰震ノ呂あります。足元や目の前で静かにたたずむ石仏は、野外ならではの気軽さと親しみやすさ、苔(こけ)や風化によって猝わい爐鯀した表情や、ひなびたたたずまいに心がなごみます。

西生寺の境内に点在する石仏の中でも、特に私は江戸時代にお墓の「墓標」の代わりだったという猝酳(のぼとけ)の群衆爐すごいなあって思います。

西生寺に嫁いで来て初めて、日陰の草むらに地面から生えているような野仏の群衆を見た時「この犒欧豐境爐鉢爐劼覆咾心境爐呂燭声圓犬磴覆い福廚箸いΧい印象を受けました。そしてそのあと、夫の説明で「野仏は墓標代わりで、野仏の下には火葬した遺骨がたくさん埋まっているんだよ」ということを知りました。

故人の顔を似せたのかはわかりませんが、ひとつひとつ違う野仏さまの表情やたたずまいを眺めていると時の経つのを忘れます。

おだやかな顔のもの、苦しそうな顔のもの、微笑んでいるもの、顔が削られてのっぺらぼうになったもの、手を合わせているもの、座禅を組んでいるもの、風化して首が取れたり傾いたり、体の半分以上が地中に埋まってしまっているものなど、さまざまな野仏さまが小さな肩を寄せ合っている狎甜笋離┘螢↓爐境内には何カ所かあります。

どの野仏さまも何か言いたそげで何も言わない、これまでウン百年間もそうだったようにこれからもそこに居続けてただひたすらに年月を重ねてゆくだけです。

猖擦靴た祐屬留弔澂爐覆匹構いなしに、草むす場所でこれまでもこれからもただ居続けるだけの野仏さまを眺めていると「人間ってせわしない生き物だなあ」とか「100年にも満たない人の一生なんてはかないものだなあ」とか「だからこそもったいなく生きちゃもったいないんだな」みたいなことをぼんやりと思いました。

名残惜しそうに懸命に鳴くセミの声と墓地に咲く紅の彼岸花、彼岸花のまっすぐな茎の間から顔をのぞかせる野仏たち。心地よい秋の風にあたりながら時が止まったような静寂の世界にこの身を置いてしばしモノ想いにふけってみてはいかがでしょう。くれぐれも蚊にはご注意を…。


●画像左右…境内にたたずむ野仏たち


2013/09/16(月)
★客殿縁の下から「寛永通寶」拾っちゃいました!














つい先日、西生寺「客殿」の中の一室、書院の狆替え爐鬚靴泙靴拭畳をはがすついでに、傷んでいた狆家弔僚ち境爐癲地元野積地区のおなじみの大工さんにお願いしました。

この時に大工の親方が「縁の下にお金落ちてたよ」って持ってきてくれたのが画像の一枚の硬貨「寛永通寶(寛永通宝:かんえいつうほう)」です。

カンエイツウホウと言えば、江戸時代から明治初期まで200年以上にわたり全国で使われた有名な硬貨です。名前や姿形くらいはなんとなく知っていたけど、実際に手に持ってこねくりまわしたりするのは初めて。るん。

遠慮なくこねこねしているうちにだんだん気持ちが盛り上がってきました。

「誰かがポトンと地面に落としてからどれくらいの時を経て猗見爐気譴燭里世蹐Α」

「江戸時代に地面に落ちたまま、明治→大正→昭和と時代は過ぎ、平成の今日拾われるまでそのまんまだったなんてなんかすごいぞ!」

で、さっそく手元にあるこの貨幣について、私なりの推測を開始。

結論。(早っ)一番有力な説はコレですね。

西生寺の「客殿」が建立されたのが、江戸時代の元禄14年。西暦にすると1701年です。(以前のおてら通信でも書きましたが、この年は赤穂のお殿さまが殿中で吉良を斬り付けて、切腹を命じられた年です)

つまり「客殿」は今年で築312年です。

縁の下の手前ではなく、かなり奥の方の地面に落ちていたということは、客殿を建てている最中に、大工さんか誰かがお金を落としたんじゃないかという可能性が高いという推測が成り立ちました。

ということで、江戸時代に誰かがお金を落してから300年の時は軽く経っているのではないかと思われます。

さらに、私が注目するのはお金を拾った親方(村の大工さん)です。

この大工さんの家系は代々「大工の棟梁」なのです。その証拠に牴姐罩爐癲嵒牘Ρ厂隋覆のうえもん)」という大工道具の名前がついています。この斧右衛門さんは西生寺の弘智堂の建設(今から約200年前の江戸末期)にも携わっていた史実があり、おそらく300年前の「客殿」建築にも参加していたと思われるのです。

つまり、ここからは完全に私の犂望的推測の域爐覆里任垢韻鼻
先祖の大工の斧右衛門さんが「客殿」建築中にお金を落して300年後、子孫である現在の斧右衛門さんが先祖の落としたお金を見つけた…
という牾擇靴ぅ疋薀淹杜てな方向爐如∋笋郎能結論を出しました。

そしてそのお金、300年ぶりに陽の目を浴びた一枚の「寛永通寶」のたどりついた先は私の手元。きれいに土を拭いてすっかり爍唯カンエイツウホウ爐任后
「お宝」として(決してガラクタではない)目の前の小物入れにそっと置かれ、鑑賞の対象となって珍しモノ好きな私を楽しませてくれています。

なんかお寺ってやっぱりスケールのデカさがちがうなあー。
建物の狠枅数爐圧倒的に古いから、数百年とかざらだし、300年間とか誰にもじゃまされずに?そのまんま時が経ってしまうのだもの。

まるで自販機の下から10円玉を拾うように、縁の下から江戸時代のお金が拾えてしまう「おてら生活」はやっぱりちょっと変わっていて楽しい。
次は小判でも落ちていないかしらん?

以上、古貨幣一枚でここまで楽しめる、秋の夜長の「西生寺歴史ロマン」でした。



●画像左…お金を拾った現場「客殿」の縁の下
牘錣硫爾領六ち爐辰討茲言いますが、これが西生寺でいちばん大きなお堂の牘錣硫辞爐任后四つん這いで人が入れる高さの空間に、土台の柱が幾列も並んで立って大きなお堂を支えています。
西生寺に暮らす野生動物がよくこの場所でだっくらしているのを見かけます。カラス夫婦は、水子地蔵さまのお供えの菓子を、この縁の下にひっぱって来て食べているし(空袋そのまま放置)、天翔園に暮らすうさぎどんも、境内遠征中にこの縁の下にもぐってよく休憩しています。


●画像右…拾った「寛永通寶」
なんかなつかしくないですか?この技法。小学生の時、一時この技法にハマって10円でも100円でも猯体的な模様のモノ爐鮗蠹り次第に鉛筆で擦ったものです。この硬貨を手にするなり久々に擦らずにはいられなくなり、30数年ぶりにこすってみました。徐々に文字が浮き上がってくる時は大人になってもやっぱりわくわくしました。

くわしくはわかりませんが、寛永通寶(寛永通宝)にもいろいろと種類があるようで、どうやらこれはいちばん一般的な一文銭のようです。一文が約25円。当時銭湯が10文(250円)、日本酒銚子一本が12文(300円)、もりそば一杯16文(400円)という時代の通貨です。そうですか、これ一枚で爐Δ泙に澄複泳棕隠葦漾豊爐2本も買えちゃうのですね…


2013/09/01(日)
★「外国人ツーリスト」お国柄事情














「朝晩やけに涼しいなあ」と思っていたら9月です。みなさん今年の牴討了廚そ从遒雖爐呂いがでしたか?

私は毎年のことですがほぼ毎日お寺でした。それでもあえて牴撞戮澆辰櫃て爐噺世Δ覆蕕弌一日と半日ほどありましたか。

住職の法話の仕事で、軽井沢に一緒にくっついて行った「日帰り」と、あとは夫婦で毎年楽しみにしている行事?魚野川の天然の狠楼将爐鮨べに、夕方「寺務所」を少しだけ早く閉めて、越後川口にある「川口やな場」に行ったことくらいです。(今年は特に小ぶりでふたりで10匹食べました)

それ以外はずーっとお寺で「即身仏の拝観」を目的に訪れる、夏休みの行楽中のお客さまを迎える毎日でした。他県ナンバーの車が駐車場に並び「さすがは夏休みだなあ」と感心したりして過ごしていました。

阿刀家の方も、7月から滞在していたにぎやかなフランスチーム(姉家族)は帰ったものの、お盆を過ぎても相変わらず来客は続き、今度は横浜に暮らす住職の妹夫婦が里帰りで滞在(その後山形温泉旅行へ)、そして西生寺から去ったはずのフランスの甥っ子(弟)が、日本に旅行に来たフランス人親友4人を引き連れて再び西生寺にやって来たりとそんな感じで要するに狄汎發領更圓琉貮瑤冒箸濆まれた西生寺爐任劉爐もてなし爐北世永襪譴討い襪Δ舛砲△辰箸いΥ屬烹厳遒盻わりました。

甥っ子がフランスの親友を連れて来る件は狎樟源に来る交通手段爐麓屬ないとものすごく不便なので「わざわざ日本滞在の貴重な時間を割いて西生寺に来なくてもいいじゃん」と言ったのに「みんなが西生寺を見たいと言っているから」と言って無理やりルートに組み込んで東京からはるばるやって来ました。

よくよく話を聞くと甥っ子自身も「ここが俺と兄貴が小さい頃から毎年夏になると過ごしている母親の実家で、じいちゃんとばあちゃんのいるお寺だぜ!」みたいな感じでフランスの親友に披露(自慢?)したかったみたいです。

それにしたって「世界一の観光国の人が、わざわざ日本に旅行に来たって…」なんて思っていたら、フランスは広範囲なジャンルで狷本ブーム(人気)爐続いていて、日本に対する関心がとても高いのだそうです。

SUSHIなどの和食(ラーメンはイマイチらしい)、星付のフレンチレストランで味噌や昆布出汁を使用、漫画&アニメ、コスプレ、伝統工芸品、武道、武士道&わびさびの世界観までひととおり「日本の文化はクール!」なのだそうです。

さて、円安などの影響で増加しているという日本へやって来る外国人ツーリスト。なかでも最近は、日本を観光するタイ人旅行者が急増しているという話をこの夏よく耳にしました。

安定した経済成長が続き収入も上昇したASEAN優等生のタイ。円安に加えて犂儻ビザが廃止爐気譴燭海箸芭更圓しやすくなったのが最大の理由です。もともと日常生活の中で日本製品やキャラクター、アニメ、日本食がとても身近で「清潔で礼儀正しい」と日本人にも好印象を持っているタイ人が多く、日本は一度は行ってみたい国のひとつでした。

タイ歴23年、タイが狢萋鵑慮龍寝臭爐靴討い觧笋砲箸辰討蓮⇒萋して団体観光バスで日本の観光地を陽気にまわるタイ人旅行者という現象は予想していなかっただけに、驚きとうれしさと半々です。タイ国とタイ人が大好きな私は、同じようにタイの人にも日本を旅して日本や日本人を好きになってもらいたいなって思います。

私はここ10年くらい成田発でタイに行くときは「タイ国際航空」を利用していますが、タイ航空利用時でも狷本旅行をするタイ人観光客増加爐呂呂辰りとわかります。

バンコク行きの機内は、これまではビジネスマンや日本人旅行者、日本にゆかりのあるタイ人家族や、特別な団体などでしたが、ここ2年ほどで日本旅行を終えてタイへ帰る普通のタイ人団体客が急増しました。

あっちこっちとかなりのハードスケジュールだったにも関わらず、みなさんとっても元気で、私がタイ語が適当にできると知ったとたんに、年齢に関係なくタイ人特有の人懐っこいフレンドリーさが丸出しになり、今回の日本旅行でどこへ行ったか、何を食べたか、どんなものを買ったか、どれほど楽しかったかなどなどを撮りためたデジカメの画像を見せながら楽しそうに思い出話を聞かせてくれます。

この間のタイ航空機内ではそんなタイ人旅行者のご機嫌なマダムに「ところであなた5円玉持ってない?」と聞かれて、一枚だけあったので「どうぞ」ってあげると「ありがとう」って20バーツ札(約60円)をくれました(笑)。外国では穴の開いたコインが珍しいのは古典的な常識としては知っていたけど、やっぱりタイ人にも珍しいのだなと初めて知りました。

逆に私が日本へ帰国するバンコク発の便は、ゲートの待合室からすでに冬服に身を包んだ厚着のタイ人ツアー客(私はいつもタイに行くのは冬)の熱気でむんむんしています。(タイは熱帯の国なので、無縁な厚着ファッションをしたくて仕方がないようだ)

なんていうか、夜10時近いし、帰国する日本人のほとんどはむっつりと静かに目をつむっていたり、旅の終わりに浸っていたり、無言でタブレットをいじっていたりするのとは対照的に、タイ人ツアー客のみんなは狢圓舛紡圓辰親本旅行がいよいよ始まるという期待爐剖擦ふくらんでいて、目はらんらんと輝き、すごく楽しそうで爛汽魅奪(楽しい)オーラ爐出まくっています。

ひとりの私はもっぱらタイ人観察。他人に迷惑をかけるようなあけっぴろげではなく、控えめだけど無邪気に「サヌックだね」とはしゃぐタイ人特有の様子を観察するのが好きです。(タイ人の皆さんは基本的に礼儀正しいです)

例えば仲間同士、手持ちのマイバックをちらりと開けて中を見せて「こんなの持ってきちゃった」みたいなタイ人必須アイテムを見せ合って、足を軽くパタパタさせて静かにほほえみ合ったりとか、いかにも日本旅用に買ったとしか言いようのない冬用のブーツをはいた足を椅子からそっと伸ばして満足げに閲覧したりとかです。

ちなみに急増中の来日タイ人旅行者の一般的な「添乗員付き団体日本ツアー」はだいたい3泊5日で10万円〜15万円程度だそうです。

『ルート』は、箱根ぐるっとひととおり、富士山5合目(絶対に山は登らない、サヌックじゃないから)、アウトレット、東京見物、買い物フリータイム(買い物大好き)、新横浜ラーメン博物館(今バンコクでは空前の日本ラーメンブーム)、東京ディズニーランド(昔はここが訪日一番の目的だった)というのが爛粥璽襯妊鵐襦璽鉢爐箸覆辰討い襪茲Δ任后

宿泊は必ず一度は日本式の「温泉旅館」に泊まるそうです。温泉に入って(タイにも温泉はあるけど、他人同士真っ裸で大浴場に入る習慣はない)、浴衣着て「カニ足食べ放題」付の夕食が定番です。

タイ人の憧れ狷本に来たら大きなズワイガニをお腹いっぱい食べること爐魏未燭后屮ニ足食べ放題」は、これなしでは日本ツアーは成立しないほどの狢膺裕ご覯茘爐世修Δ任后(タイはワタリガニ系の小さなカニしかない)

気になる「日本のお土産(配り物)」もタイ人っぽく、定番のカップラーメンの他に、今タイで大流行中の爐錣気嗅爐里擦鵑戮い笋佞蠅け、猖茶味爐離船腑灰譟璽伐杙劼髻崙本の高品質な本物の味で」という趣旨のもとディスカウントショップで大量買いしていました。

あーなんかタイのこといろいろ書いていたら急にタイに行きたくなってしまいました。なにせ旅好きなのに、夏の間中ずっとお寺に根を生やし、身内や人さまの夏休み旅行に接してばかりいる日々でしたから。ちょっとストレスたまっているかな?

あと数カ月、冬まで辛抱、寒い冬になったらまた脱日本して暖かい国に行くんだ。
(―と、自分自身に繰り返し言って聞かせることくらいしか今の私には出来ない…)


●画像左…来山した「フランスの甥っ子と友人」
同じ高校だったことから、大学は違うけど5人はずっと親友だそうです。日本で留学中の子と甥っ子と合流して「2週間」で日本国内をまわる予定です。いわゆる牾慇故更圻爐辰討笋弔任垢諭3慇故更圓箸い┐丱咼鵐棔捨更圓任垢、物価の高い日本でやっていけるのか?と思ったら、時々キャンプも出来るように「寝袋&テント」を持参していました。

旅ルートは『各自入国→東京集合→新潟西生寺&海水浴→岐阜白川郷→岐阜中津川(水上家の実家)飛騨高山→京都→富士山5合目→箱根→東京』だそうです。(富士山5合目に箱根…どこかの国のゴールデンルートみたい(笑)
それでは左側から人物紹介です。(写真撮ってる影は私)

☆ルーシー:(留学で東京滞在も間もなく一年、日本語堪能、日本文学研究で特に新田次郎ですって 渋い…、アニメオタクでもある)

☆ナタリー:(大学2年生、来日2度目、日本が大好き、日本語勉強中、オシャレ好きで日本の若者のファッションに興味あり、ピンク色命、ド派手なコスプレも趣味)

☆ニコラ:(貴能の大親友、大学3年生、薬剤師目指している、趣味はグルメ、初来日もグルメが目的、特に仏にはない爐佞悪爐食べたいそうで予算は一万円!テント泊でふぐを喰らう男、ひれ酒も飲んでね)

☆甥っ子の貴能:(紆余曲折の末、勝手気ままな親友をなんとか束ねて見事に西生寺に連れてきた功績をたたえよう、よくやったぞ貴能)

☆ソフィー:(大学4年生、美術・メディアカルチャーを学ぶ、趣味は写真(愛猫タビーを撮りまくり)、初めての日本は富士山が楽しみ)


●画像右…タイ東北部ウドン・ターニーでの一枚
日本から一歩出ればこんな私でもいっぱしの外国人ツーリスト。やはり日本に無いモノには特に魅かれます。で、最近、タイに行くと訪れた都市で必ず探して撮ってしまうのがコレ。何だと思いますか?実はタイ語で「ラック・ムアン」と呼ばれる「市の柱」なんです。

タイでは昔から新しく町(市)を形成する時に、必ず核となる町の中心に「市の柱」を建てて町の繁栄を祈る習わしがあって、たいていどの市でも街の中心部に立派な「市の柱」があり(たまに街の意外な発展状況で隅にひっそりとある場合もあるが)、市民のお参りが絶えない大切な場所となっています。

ラックムアンの周りをうろつき、わざわざ興味深げに写真を撮ってたりする私に、地元のタイ人が「変わった外人だ」と思っているかどうかは知らないけれど、とにかく、訪れる先々の地で私は爛薀奪ムアンを探し出して写真に収めること爐砲覆爾ハマっています。他人には理解できないような些細な事柄でも犲分の旅の目的爐砲靴討靴泙┐弌⇔垢粒擇靴気眷楞します。

ウドン・ターニーは東北を代表する都市のひとつで、特にタイ全土で食べられて国民食とも言える「ガイ・ヤーン(鶏肉姿焼き)」の聖地とも言うべき場所で、ここで食べた3点セット(ガイヤーン、ソムタム、もち米)とLEOビール(東北地方はチャンでもシンハでもなくレオビール!)は最高でした。やっぱり本場は料理から発せられるパワーが違う。

あと、ウドーンは市内にある整備された湖の周りの「3,2キロのジョギングコース」が素晴らしかったなあ。これまで走った数々の市町村のなかでも一番良かった。(早朝のジョギングが快適な町というのは私の中ではポイントが高い。最悪なのは野良犬が群れをなしてる町)


2013/08/18(日)
★お盆も終わり…残暑見舞い申し上げます。














お盆最後の日「送り盆」の16日に、精霊棚の最後のお供えとなる定番の一品「小豆粥(あずきがゆ)」を今年も作りました。なんで小豆粥なんだろう?しかも阿刀家では狒り盆は小豆粥爐辰得里らの風習で決まっているらしい。

小豆粥ってはっきりいって一年に一度だけ、この8月16日にしか作りません。まともに食べたこともありません。今も書いたけど「なんで小豆粥なのよ?」って思いながら、私が作るようになってからは犲分レシピ爐如△曚里に塩味、ほのかに甘いみたいな小豆粥を作ります。

なにせ猖槓の小豆粥爐鮨べたことがないので、もしかしたら精霊棚のご先祖さまにしてみれば「えっ」みたいな味かもしれません。(昔の人はよく小豆粥を作って食べたそうです)

園子ママが「たまに食べたくなる」と言って2年に一度くらい作るレンコンと小豆あんこを煮た「従兄弟煮(いとこに)」と同じくらい不思議な食べ物です。

従兄弟煮って10年に一回くらいなら爐劼箸ちくらい狄べてもいいけど、レンコンはやはり「きんぴら」か「天ぷら」、あんこはやはり「おはぎ」とかの餅系が無難です。

そういえば新潟の人は「おこわだんご(見た目イガ栗っぽい)」と言って、しょうゆ味の茶色いおこわ(御赤飯みたいなの)のだんごに、甘いあんこが入った郷土まんじゅうが大好物だし、ちょっとひねった組み合わせが好きなのかもしれませんね。「母さんビスケットの天ぷら」とかも好きだし。

というわけで、忙しかった爐盆期間爐筺■祁遒梁臠娘祺颪僚猗からずっと続いていた牴討里覆鵑笋んや爐ほとんど終わり、ちょっと気がゆるんでしまいました。

あいかわらず連日猛暑日が続いていますが、私は毎日どんなに暑くても、ダレることはあっても「夏バテ」はしたことがありません。気の持ちようと言いますか、常に私の気持ちはぶれないからです。

それは「どんなに耐えられないほどの暑さでも、雪に閉ざされ色彩を失う新潟の冬の寒さよりはずっとマシ」と心の底から強く思うからです。

よく、暑い夏だと「寒い冬がいい」、寒い冬だと「暑い夏がいい」って振り子のように振れる人がいますが、私の場合、きのうも今日もそして多分、明日もあさっても

「寒くないっていいなあ」
「寒さまでは、まだまだほど遠いぞ!」

って猛暑の中で新鮮な喜びが湧き上がってきます。

クーラーのタイマーが切れて蒸し暑さに夜中に目覚めたって
サウナと化した台所で汗だくで料理しながら蚊に刺されたって

「寒いよりはぜんぜんマシ」って思うとへっちゃらです。

「服装」だって、5、6枚苦労して重ね着して着ぶくれて牘宙服爐澆燭い砲覆辰童凝って身動きがとれない格好を強いられる冬から比べると、夏はたった一枚スポンと着るだけですよ。脱いだって裸でいたってちっとも寒くないし。

「たった一枚のTシャツでいいなんて、天国だなあ、夏って」
毎日着替えるとき、心底からそう思いますね。

みなさんも、なんかこう「○○よりぜんぜんマシだから楽勝」みたいに思える爛屮譴覆だ簑佚に苦手な何か爐魘擦鉾襪瓩栃襪蕕垢箸いいもしれません。

ちょっとつらい時とか、ついホットに文句のひとつも言いたくなる時でも

「でもさ、これって○○よりマシじゃん」

って思うと「ですよねー」って自問自答して納得、すっきりとクールダウンして、いちいち右往左往しなくてもよい爛悒襯掘次雰鮃的)で楽ちんな日々爐過ごせるにちがいありません。



●画像左…「新潟縣護國神社」万燈みたま祭
お盆が終わる8月16日、お寺の仕事が終わると、毎年夫と新潟市内にある「護国神社」にお参りに行きます。新潟の護国神社は8月14日から始まった「万燈みたま祭」の最終日です。

神社境内は「のぼり」や黄色い「提灯」、県知事を始め各界の著名人の方から寄せられた「雪洞(せつどう:ぼんぼり)」がずらりと飾られ、お盆らしい祭らしい雰囲気に包まれています。

私にとっては久しぶりの外出だし、(忙しい)お盆を乗り切ったという安堵感の中で、ここを訪れ、境内に点在する大東亜戦争で犠牲となった方を慰霊するさまざまな「慰霊碑」をゆっくりとお参りしたり、「雪洞」に書かれた絵や書のメッセージを眺めたりするのを楽しみにしています。

私が護国神社に来ると、本殿の他に、冷たい水を供えて必ずお参りをする慰霊碑が4つあります。(日ごろ戦争関連を研究している私は時々、どうしてもお参りがしたくなります)

男子は兵隊にとられ、老人婦女子のみの悲惨な逃避行の末に亡くなられた新潟県出身の「満洲開拓団5千名」の慰霊塔、旧満洲、現在は中国東北部のロシアとの国境の町綏芬河(すいふんが)駐屯中に、侵攻して来たソ連軍と交戦し多数の戦死者を出した、知人マダムのお兄さんの名も刻まれている「満蒙開拓青少年義勇軍」の県人部隊の慰霊碑、「シベリア抑留」で現地で亡くなられた県人1,646名の慰霊碑の3つと、

あと1つは、人間の勝手な都合で猜軸鑒品扱い爐覇旭され、劣悪な環境下で文句も言わずに働いてくれた「軍馬」の慰霊碑です。人間と同じく馬も犧こそぎ動員爐気譟△修凌瑤呂罎Δ烹隠娃伊頭を越え、中国から南方に広がる広い戦線で50万頭を超す馬が犠牲になり、戦後は人間と違って一頭も帰国できませんでした。

さて、どんな人が何を書くのか、毎年楽しみな「雪洞」は、今年は私の好きなジャーナリスト櫻井よしこさん(長岡出身)の彼女らしいメッセージ犹 定まれば 気 盛んなり爐心に響きました。



●画像右…飼い猫タビー「涼しいニャ」
夫より「絶対にこの↑タイトルにして欲しい」とのリクエストがあったので、とりあえず。(ちょっと私のセンスとは違うが仕方あるまい(笑))

タビーを飼って10カ月経過。初めての夏です。夏毛なのにこの爛皀灰皀涯餽膈爐らも見てとれるように、このネコは狃襪い里大の苦手爐任△襪海箸分かりました。

(タビーの前に12年間飼っていた黒猫ミャーゴは、夏の暑さにバカ強く、真夏、家の中でも一番暑い場所の「納戸」が特にお気に入りで、日中平気でくつろいでいたネコでした)

エアコン(冷房)を入れる爛團鱈爐箸いΕ螢皀灰鵑硫擦すると、教えたわけでもないのに、どこからともなく姿を現し、一番快適なこの場所(エアコンそばのサイドボードの上)に上がって寝そべり、動きません。

特に腹毛がいちばん暑いらしく、画像のように冷気に腹毛をモサモサとさらしてよく白目むいて爆睡してます。私は白目むいて爆睡する画像が良かったのに、夫が「女の子だから白目はまずいだろ」ってこっちの画像になりました。


2013/08/03(土)
★お盆マニュアル














いよいよ8月です。牴橡榿岫爐噺世い燭い箸海蹐任垢、今年はいまだに新潟(東北地方)は梅雨を引きずった不安定で蒸し暑い日が続いています(8月3日現在)。長岡市の栃尾や寺泊山田では7月末から1日未明にかけて大雨による土砂災害も発生してしまいました。

せっかくの「海水浴シーズン」なのに、7月からずーっと西生寺にいる大学生の甥っ子たちも雨ばっかりでまだ一度も海に行っていません。湿度99%、むしむしジメジメぺたぺたに包囲されたお寺で、ただいま大人9人と一匹(阿刀家5人と一匹、フランス水上家4人)が肩を寄せ合ってにぎやかに暮らしています。

さて、8月に入り今年もお盆の時期を迎えました。

8月1日は、西生寺では他の多くの寺院と同じように「新盆会(あらぼんえ)」が行われました。「新盆」とは、昨年のお盆を過ぎてからの1年間の間に亡くなった御精霊が爐汗菫弔箸靴峠蕕瓩瞳泙┐襪盆爐箸いΠ嫐で、遺族や親族が菩提寺に集まり法要を行いました。

同時に8月1日は、8月13日からの「お盆」に向けて、アレコレ準備を始める日でもあります。仏教ではそんな8月1日を「釜蓋一日(かまぶたついたち)」と言います。

ちょっといきなり意味不明ですけど、これは地獄のシンボルともいえるあの犁霏腓覆釜爐粒検覆佞拭砲開く日という意味です。つまり、通常は蓋がされた状態でぐつぐつと恐ろしげに煮えたぎっているお釜も、1日からお盆が明けるまでの間だけは特別に爐休み爐箸いΔ錣韻任后C蝋も爐盆休み爐任后

釜蓋一日(かまぶたついたち)を迎えると、我々のこっちの世界ではご先祖さまをお迎えするためにいろいろとやる事があります。まず「お墓そうじ」や「盆道つくり」を始めます。

西生寺の墓地は街中の墓地と違って整地されておらず、山中に点々としているお墓が多いので、お墓そうじは早朝にする方が多いです。完全虫除け防備をして草刈りの道具を携えて山に入って行きます。何気に観察すると「そうじ時間」はだいたい40分〜1時間です。

田舎に多いスタイル「自宅敷地内や田畑にある昔ながらのお墓」の場合は、お墓そうじに加えて、墓から家までの道を掃き清めます。ちなみに我が家の場合、メインの「阿刀家の墓」の他にも代々西生寺に仕えた「僧侶のお墓」が山中にいくつかあり、墓そうじだけで3エリア8カ所ほどになります。

そして8月7日は「磨き盆(みがきぼん)」です。

仏壇の仏器などをキレイに磨き上げます。帰省中のご先祖さまの爐世辰ら場所爐箸覆襦崟採鄰(しょうりょうだな)」を作るのも大切な仕事です。「こも」と呼ばれるござを敷いて、ほおずきや変わりカボチャなどカラフルなミニ野菜などを並べて飾り付けます。

8月13日はいよいよ「御精霊さま(ご先祖さま)を迎える日」です。

1日の始まりにまずは「精霊棚」にお供えをします。この精霊棚のお供え物とお水は毎日替えます。地域によっては我々の食事と同じように牋貽3度燹供える食べ物を替えるところもあります。

「この世」でもそうですが、「あの世」でも壮絶な帰省ラッシュが始まります。夕方、ご先祖さまが道に迷わないように、無事に我が家に帰って来られるように「迎え火」を焚き(今はちょうちんが主流です)ご先祖さまをお迎えしたあと、家族みんなで「お墓参り」をします。

この時、お花やお灯(ローソク)と一緒に持参する「お供え物」は、地域ごとに特色があります。

我々の地域は「あられ」と呼ばれる、キュウリやナス、カボチャなどを細かくサイコロ切りにしたモノを牾舛陵姚爐望茲擦栃菫阿剖,┐泙后その他供えるのは「おはぎ」や「白玉団子」です。今は食べ物類はお供えをしたらすぐに持ち帰るルールとなっている墓地が主流ですが、ここらの山の墓地は、お供え物は待ち構えているカラスや獣の食糧となります。

それと8月13日は、お寺のお坊さんにとっては牋貲中で一番過酷な3日間爐斑埜世任る、狠経(たなぎょう)爐始まります。

西生寺の場合は、檀家さんはもちろんのこと、信者さんや野積集落の家々もバイクに乗ってお経をあげてまわります。毎年、夕方というか夜になると、1日中寺を離れて「棚経」に出かけていた住職の夫が、かなりの疲労困憊度で戻ってきます。

逆にお坊さん不在の3日間、お寺に居残る寺庭のわたくしの仕事は、しっかり留守番をすることです。

ちょうど夏休み中で「即身仏拝観」を目当てに参拝者が多く訪れる時期と重なるので、なんとか即身仏の拝観をスムーズにこなしつつ、お墓参りをする檀家さんを迎えたりしながらばたばたと一日が終わります。

家族がそろう「夕食」は、特に「疲れがとれて夏バテをしないような献立を」と心がけて作ります。棚経期間中のスタミナ定番料理となっているのが、夏バテしやすいこの時期の新潟県の郷土料理である「くじら汁」です。

塩漬けスライスの「くじらの脂身」を使い、夕顔(うり)やナスが入った味噌仕立ての汁です。豚汁に匹敵する脂ギトギトの牘杆紊離好織潺塀銑爐任后2任い任て初めて口にした時は、汁に張る脂の層と、鯨を噛むとぷちっと出てくる脂と、その脂の魚系の生臭さにちょっと驚きましたが、慣れるとそれが美味しく感じられます。

もちろん、こんな忙しいお寺にも、きちんとご先祖さまは「里帰り」をしています。

さて8月14日は「休息の日」です。自分も御精霊さまもゆっくりと過ごす日です。

8月15日は「別れを惜しむ日」です。ご先祖さまと過ごす最後の1日を、互いに名残惜しく過ごす日です。

そしてお盆最後の日である8月16日は「御精霊を送る日」です。

夕方「送り火」を焚いてご先祖さまを送り出します。我々の住む野積では、手作りの船に御精霊を乗せて、地元の海岸から海に流す風習があります。西生寺の狒り方爐蓮◆崗豆粥」を炊いて、丸めた「精霊棚」と一緒に近くの川に流しています。

このように8月1日から始まった「お盆期間」は、始まってしまうとあっという間に日々は過ぎ去り、気が付くと、ちーちーと秋を知らせる虫が鳴いていたりします。



●画像左…見た目も味も強烈インパクト!杭州飯店の「中華そば」
なぜ「お盆マニュアル」なのに画像が杭州のラーメンなのか?答えは簡単。毎年1日の「新盆会」の後片付けを全員で終わらせたあとの夕食に、フランスチームを引き連れて、新潟県では超有名店(最近は全国区になった)の燕市にある倏愡薀蕁璽瓮鶚爐痢峭砂H單后廚惱个けるからです。

杭州飯店は今年で創業80周年だそうです(昭和8年創業。昭和8年は満洲事変の2年後、満洲国特需でついに昭和恐慌を脱出、ヒトラーが独裁体制を固めた年、そして今の天皇陛下の生まれた年です)。我が家でもうん十年?くらい昔から通っている大好きなお店です。

なんといってもここの「中華そば」が病みつき!犇烈に煮干しの効いたスープ爐反燭断鬚砲覆襪らいふりかけられた背脂と玉ねぎ、そして他では絶対にないのがここの麺、まるでうどんみたいなコシの強い独特の犲家製太麺(うどん麺)爐販未梁燭気特徴で、この味を求めて土日は行列ができるほどの人気店です。他にも背脂ラーメンの有名店は多いけど、やっぱりわたしはここのスープとうどん麺が一番好き。

最近知ったのですが、厨房を取り仕切っている息子さん(3代目?)が、実は西生寺の檀家総代さん(学校の先生だった)の教え子だったことが判明(しかも息子さんの子供も総代さんの教え子だったそう)、檀家総代さんも家族ぐるみで「杭州飯店」の常連さんであることを知りました。知ったいきさつは、先日、総代さんの家に住職が月経に行ったら、たまたま杭州飯店の息子さんが遊びに来ていて犇δ未涼里蟾腓き爐箸い事が分かったのでした。


●画像右…絶対にオーダーする「牛スジ煮込み」と「ジャンボ餃子」
ここはラーメン意外にもおいしい中華料理がたくさんあります。大勢で行くと、最初に「野菜炒め」、「ジャンボ餃子」、「牛スジ煮込み」で一杯やって、〆にラーメンを食べます。ここの巨大餃子もかなり独特で、中華そばに負けず劣らずのインパクトです。

トマト味の「牛スジ煮込み」も絶品で、私と夫はこれに爐Δ匹麑有爐鯑れて食べるのが気に入っています。大陸で食べる麺料理と同じ味がします。ここの紹興酒もかなりいけます。セルフサービスの水のコップが「モロゾフのプリン」のガラスカップなのも昔から不変です。80周年を期に、畳やテーブルが一新していました。

【杭州飯店】:0256−64−3770 月休



2013/07/21(日)
★7月15日「大般若」の御礼と報告














日本各地で連日の猛暑が続いているというのに、新潟では狃藹を思わせる奇跡のすずしさ爐吠颪泙譴殖祁遑隠菊。この日行われた「大般若祈祷会」と「施餓鬼・水子総回向法要(合同供養祭)」は、大勢の方のお参りをいただいてお陰さまで無事に終了しました。

「海の日」で連休だった今年の大般若は、檀家さん・信者さん・地元野積の皆さんなどいつも参加してくださる方々の他に、予想通り犲磴なや家族連れ爐里参りが多く、駐車場は当日参加の車で満杯に。

午後1時の「法話」のあと、午後2時から始まった「法要」は、客殿に集合した赤ちゃんからシニアまで猊広い年代爐里おぜいの参拝者の熱気と、大きな声でお経を唱える10余名の僧侶の熱気に包まれる中で執り行われ、申し込まれた方ひとりひとりのお名前をを読み上げる「塔婆の読み上げ」を含めておよそ1時間半におよびました。

事前にお申込みをしてくださった方、当日参加をしてくださった方、皆さま本当にありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。

休日開催でにぎわう客殿の様子に「大般若が毎年休日開催ならいいのになあ…」と思いましたが、実際はこれから先も「大般若&水子合同供養祭」は猖菁7月15日固定爐燃催されますので今後ともどうぞよろしくお願いいたします。



●画像左…法要中の客殿の様子
冷暖房もない昔ながらの築300年の「木造のお堂」ですが、天上が高いこともあり、扉と窓を全開にしておくと風が吹き抜け、満員状態でも意外に暑くありません。ただし冬は隙間風と底冷えでめちゃくちゃ寒いです。
築300年、正確には築312年、元禄14年に建立されたそうです。ええと「マイ年表」によると西暦1701年で第5代徳川綱吉の江戸時代ですね。この年は、あ、例の赤穂浪士のやつだ、赤穂のお殿様が殿中で吉良を斬り付けて、切腹を命じられた年でした。

●画像右…大般若でお手伝いするフランスの甥っ子
弟の貴能(大学生21歳)です。バカンス真っ最中のフランスから成田に到着したあと、西生寺に直行して来ました(同じく来日している兄貴とは別行動)。大般若の準備や当日のアレコレと狎椎男子のみなぎるパワー爐鬚おいに発揮して、力仕事や運び仕事など、一日中手伝ってくれました。
あまりに作務服姿がキマっていたので「水子地蔵さま」の前で記念撮影をしました。夕方後片付けを終えて「ふう、汗をかいたぜ」と作務服の前をはだけさせ、あらわになった筋肉美は爐舛腓辰箸靴織屮襦璽后Ε蝓辞爐任靴拭


【おまけ話】:大学生甥っ子のキャンパスライフ「ランチ編」
パリの郊外にある甥っ子(弟の方)が通う大学(東洋医学6年制)は、にぎやかなパリ中心部の大学に通う兄貴とは違って爛薀鵐舛料択爐聾造蠅覆狭いそうです。

日本みたいに大学周辺に、学生を相手にした安くてボリュームがあって味もそこそこな「定食屋」や「ラーメン屋」、「牛丼屋」、「弁当屋」などがひしめきあっていることもなく、「コンビニ」すらない静かな環境がウリ。

そんな大学生活での「ランチ」にほとんど毎日お世話になるのが、大学構内にある「売店」で売っている数種類のサンドイッチ。(なんとこの子が通っている大学には「学食」もない)

フランスでサンドイッチといえば、長細いバケット(フランスパン)に具をはさんだモノを言います。売店で売っている「バケット型のサンドイッチ」は、ボリュームもそこそこで値段が犒祕足爐覆里禄かるけれど、味も犒礇泪梱爐如嵜い物じゃない」そうです。

毎朝6時に自宅を出て電車に乗り、一度乗り換えて、一時間半かけて大学へ通うそうです。お昼になるとお腹はペコペコ。大食漢の甥っ子は空腹を満たすためだけに選択の余地なく仕方なく、この「激マズサンドイッチとバナナ1本」という組み合わせを4年間食べ続けているそうです。

激マズの主犯格となっているパンは爛丱吋奪箸忙た細長いパン燹

ただし、我々がまずいパンでまず想像する「硬くてボソボソしている」という感じではないそうです。当然小麦の香りなどはしないのですが、なぜかパンを食べている感じが全くなく爛僖鵑里茲Δ覆發劉爐髻▲椒肇襪凌紊婆詰やり胃に流し込むのだそうです。

さらにすべての種類の爛汽鵐疋ぅ奪舛龍餃爐蓮∪擇辰織僖鵑膨召砲呂気鵑任△襪髪っ子の訴えは続きます。つまりパンには旨味の元となり具とパンのつなぎとなる爛丱拭爾筌泪茱諭璽採爿爐楼貔敕匹蕕譴討い覆い里世箸。

甥っ子涙の訴え。
:「特に僕は他の人より爛張亅爐少ないから、口の中でいつまでもパンを噛んでいないとダメだから、バターがないととってもつらいんだ」

さらにすべての種類のサンドイッチは牋枉錣北が薄い爐修Δ任后

ちなみに大学からちょっと遠いけど歩けなくもないところにある「ちゃんとしたパン屋さん(ブーランジェリー)」のサンドイッチは、焼き立てのパリッとしたバケットにたっぷりバター&マヨネーズ、新鮮なレタス、トマト、チーズ、ハムをふんだんに挟んだもので大満足の美味しさだそうですが、値段が「4.5ユーロ(約600円)」もして、貧乏学生にとっては高値の花だそうです。

それでは、甥っ子が「食い物じゃない」と激しく訴える大学の購買で売っている「激安で激マズのサンドイッチ」の全ラインナップを紹介しましょう。

☆「ハム(本当にハムだけ)」※1.5ユーロ(約200円)
→甥っ子が一番世話になっている最安値サンド。ハムも猝がしないハム爐世修Α
☆「ハム&チーズ」※2ユーロ(約270円)。
→50セント(70円)でチーズを追加する価値もないチーズだそう。

☆「チキン(カレー粉をまぶしただけ)・レタス・ピーマン」※2.3ユーロ(約310円)
☆「ツナ(気持ち程度にマヨネーズ味)レタス・ピーマン」※2.3ユーロ
☆「チョリソー(辛味ソーセージ)レタス・ピーマン」※2.3ユーロ

以上全ラインナップでした。
「ランチでプチグルメ」となると、大学から車で5分の所に、3.5ユーロ(ワンコイン500円)で昼定食が食べられるビストロ(パンと前菜と選べるメインのフランス料理)があり、ごくごくたまーに車に乗せてもらって学友と食べに行くそうです。

:「日本は本当に安くて旨くてお腹いっぱいになれる食べ物であふれている!」
と来日するたびに甥っ子たちはバラエティ豊かな日本の外食事情をうらやましがっています。

この「激マズサンド話」を聞いていた私は耐えられなくなって甥っ子に向かって叫びました。
:「あんた即刻9月の新学期から爍唯マヨネーズ爐鮖ち歩くべきだよ!」

続けてこうも言いました。
:「そしてその激マズサンド、今度来日する時に絶対持ってきてよね!気になるから!」


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