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2014/04/08(火)
★春の西生寺 近況と「バイパス道路」最新情報!














まだまだ寒暖の差は激しいものの、暖かい春の日差しに包まれるぽかぽか陽気の日が多くなり、西生寺の境内は雪割草や一輪草、かたくりの花などの野草が可憐に咲き誇る季節がやってきました。

満開の梅にうぐいすのホーホケキョ、野鳥のさえずりやカエルの鳴き声もにぎやかで(野草見学の登山者もにぎやか)まさに狃嬲榿岫爐箸い辰心兇犬如何もないのに春を感じるだけで気持ちがうきうきと軽やかになります。

最近ちょっとうれしい事がありました。それは先日、私が結婚するまでを過ごしたふるさとの(神奈川県)川崎で、小・中学校の時にずっと通っていた地元「大師商店街」にある「私塾」経営の先生ご夫妻(通称:男の先生、女の先生)が、泊まりがけで初めて西生寺を訪ねてきてくれたのです。

通っていた当時、この塾の名物となっていた狢燭垢る宿題爐筺▲咼轡咼靴噺靴靴ぜ業、男の先生にも女の先生にもしょっちゅう叱られ「塾先のヤツめー」などと罵ったりしていたにもかかわらず、塾を卒業してからも吸い寄せられるように時々ふらっと塾に顔を出し、我々の結婚披露宴にも出席をしてもらい、結婚後も年賀状などで近況報告を続け今日まで、ずっと慕い続けてきた恩師のご夫妻です。(この塾はそんな教え子たちがたくさんいます)

じつはおふたりの出身が新潟県ということもあり、私がたまたま狄軍磴里寺に嫁ぐことになった爐里鬚箸討盍遒鵑任れて「一度たずねてみたいなあ」と言っていたのが先日ようやく実現したのでした。(新潟を離れて川崎に来てから今年で丸40年だそうです)

私にとって先生夫妻は「小学生時代→思春期の中学時代→多感な高校時代→社会人→結婚」と、両親以外に犹匐,ら大人への私の成長ぶり爐鮹里詬0譴梁膺佑任后成績はもちろんのこと、私の性格や多感な年頃だった10代の頃のもろもろの変貌ぶりや、そしてどう落ち着いていったか(笑)などが猜颪澑さず知られている(=バレバレとも言う)爐里如∈となってはそれゆえに心が許せるのです。

しかし新潟に来てからの二十数年は、ほとんど文章のみのやりとりだったので、おふたりと面と向かってじっくりと話をするのは初めてです。

首を長くして到着を待つ私の前にひょっこり姿を現した、昔とちっとも変わらない先生夫妻との久しぶりの再会に感激しながら「庫裡」で積もる話をしたのですが、私のいれたお茶を飲みながら、あのおっかなかった先生夫婦と、やんちゃだった自分がこうして狢膺容瓜劉爐蚤佚に楽しく話していることが不思議でもあり、また大人になった自分の視点であらためて先生夫婦を観察してみると犖えてくる人物像・夫婦像爐澆燭い平靴靴と見もあり、心の中でニヤニヤし通し。

先生たちも、寺庭となって新潟に定着してそれなりにやっている教え子に目を細め、住職の夫の案内で愛染さまや弘智法印即身仏をお参りしたり、展望台や天翔園からの日本海の眺めに感嘆の声をあげたりと、私の暮らす西生寺をとても気に入ってくれた様子。

男の先生:「こんなにいいところに暮らしていて狄軍磴療澆苦手爐覆鵑童世辰董△前はバチが当たるぞ」

めったにない夢のような時を過ごした私は、おかげでしつこくつきまとっていた猯更團椒鵜爐眇瓩飛び「本腰入れてお寺の事やらなくっちゃ」とOFFからONへようやくスイッチが入ったのでした。

御年六十を過ぎた先生夫妻は「もう数年塾をがんばって、その後は新潟の長岡あたりにUターンしようかなあ」と気になる発言を残してお帰りになりました。(長岡には先祖のお墓と菩提寺があるそうです)



さて、ここからはもうひとつの話題です。冬期閉鎖をしていた「弥彦山スカイライン」も4月1日から通常通り開通し、いよいよ今年の「観光シーズン」もスタートしました。自動車移動が主となる「西生寺観光ルート」の期待を背負った?気になる爐△瞭始爐盻臘瓦帽事を続けてなんと牴菫右のとおり爐任后

ほぼ同地点で撮影した2枚の画像を比べてみると狷始建設工事の過程爐よくわかって面白いので載せてみました。
左は1月初旬に撮影したもの、右は4月4日に撮影したものです。
ご覧のとおり、村中を貫く「バイパス道路」ほぼ完成したといっても良いでしょう。

「草や木なんか刈っていったいどうするんだ?」みたいな感じで昨年の9月、突然牾海料雋△雖爐ら始まった、海岸沿いの「国道402号線」と「弥彦山スカイライン」を、狭い「村道」を通らずに直結する「バイパス道路」の建設工事。7カ月の工期を経てついに、のどかな野積地区の集落風景を二分するぴっかぴかの猯派な道路爐姿を現しました。

工事工程をなにげに観察してきた7カ月間でした。アスファルトが敷かれて普通の道路っぽくなるまでは「ホントにちゃんとした道路なのかな?」と半信半疑の気持ちがぬぐえなかったのですが、出来上がった道路は広〜い歩道までついた猴汁朧幣紊領派な道爐任靴拭

夢物語から始まって30年来の悲願だった、山と海をつなぐ「バイパス道路」がこのように立派に出来上がり、自分の目の前にリアルに出現したことは、感動と喜びはもちろんのこと、夢を見ているみたいな、奇跡を見ているみたいな感じがします。早くお山から海岸道路まで、車に乗ってさーっと一直線にかけ降りてみたいです。


それはさておき、勝手に爛丱ぅ僖広爐噺討鵑任い燭海瞭始の正体、「正式な道路名」と気になる「開通日(開通式)」が分かったのでお知らせします。

【道路名】:(長岡市)市道「寺泊1号線」※通称「バイパス1号線」
【開通日(開通式)】:4月20日(日)午後1時より

「打ち上げ花火」や村の子供たちによる「渡り初め」などが予定されている、4月20日の「開通式」には住職(夫)も出席します。はっきり言って野積の住民の中で一番多くの頻度でこの道路を利用することになるのが、弥彦山中に暮らす我々爐山の住人爐世隼廚い泙垢里如⊇賛Δ蓮岾通を祝うと同時に、感謝の気持ちで出席したい」と申しております。

それにしても市道「寺泊1号線」って、爍厩罩爐辰討垢瓦ないですか。1号って狢茖厩罩爐辰討海箸任靴腓Δ。つまりは、これまで寺泊に該当するような新設道路が無かったってことなのでしょうか。ま、深く追及するのはやめにしましょうネ(笑)。



●画像左…3ヶ月前の様子(今年1月9日撮影)
日本海沿岸をゆく国道402号線沿いに細長い野積地区。1月なのに雪がまったくないことにあらためて驚きます。今期は積雪が少なかったので冬期間でも工事は順調に進んだようです。

●画像右…最新の様子(今月4月4日撮影)
画面手前(スカイライン)より坂を下って行った先で、ダイレクトに国道402号線(シーサイドライン)に突き当たっているのがわかります。(画像で「青い道路標示の看板」が小さく見えいる地点です)
左に曲がると「柏崎」や「寺泊魚市場」方面で、右に曲がると「新潟市」方面です。
これまでは画面中央右側の小屋を右折してくねくねとせまい村道を通らないと国道402号線に出られませんでした。
この画像を見ただけで感動してしまいます。やっぱり奇跡だわ…


2014/03/20(木)
★行ってまいりました!














皆さんお久しぶりです。一月末から1ヶ月半におよぶタイの旅を終えて無事に西生寺に帰って来ました。電話は欠かさなかったものの西生寺のお父さんや園子ママもことのほか元気で一安心。
「おや直子さん久しぶり、楽しかったかね?」と温かく迎えてくれました。

というわけで冬眠中だった「おてら通信」も早春の訪れとともに復活です。同じく冬眠中だった駐車場の「受付寺務所」もお彼岸の中日からオープンさせますので、これにて私の非日常も終了し、めでたく西生寺の愛すべき日常生活に戻ったというわけです。

それではさっそく「タイ旅行のみやげ話」をしたいと思いますのでどうぞお付き合いくださいませ(★旅のスナップも見てください)。今回の旅自体には何の影響もありませんでしたが、やはり反政府デモ隊のデモ活動など「赤vs黄の対立」抜きには語れない旅となりました。


1月下旬、今年の私の旅は「非常事態宣言」とタイ反政府派デモ隊による「バンコク封鎖」の真っ最中にバンコクから始まりました。しかも宿泊するホテルはデモ隊最大の拠点のひとつとなっている封鎖されたシーロム通りのサラデーン交差点と、デモ隊リーダーのステープ元副首相出身のタイ南部から動員された参加者の滞在キャンプ地となり「テント村」と化したルンピニ公園の目の前。(稼ぎ時の中国正月なのにどこのホテルも宿泊客激減中で気の毒でした。特にこのホテルはガラガラ状態)

道路封鎖で交通量ゼロとなった目の前の「シーロム通り」は連日デモ隊グッズや食べ物の屋台がぎっしりと並ぶ「ホコ天」に早変わり。大勢のタイ人が押し寄せ楽しそうにぶらぶらと散策してまるで「おまつり」のようなにぎわいを見せており、同じくホテルの目の前の大きなスクリーンのある特設ステージでは、デモ参加者たちに贈られる「ステープminiライブinバンコク(別名:シャットダウンフェスティバル)」と銘打った有名歌手やバンドによるコンサートやお笑い芸人のトークイベントなどが連日深夜まで大音響で開催され犲栓必須爐瞭々でした。

滞在したホテルは、デモ隊の人々がルンピニ公園内の爐泙ない無料ごはん屋台(1日3度提供。ちょっと見学したところふるさとの南部料理もありました)爐紡膵堽鵑鬚覆靴討い訝罅▲好董璽弩吃首相や高級幹部たちの狄事&休憩場所爐砲發覆辰討い董∀日のデモ活動や演説にもかかわらず疲れた様子のまるでないぎらぎらとしたステープさんを何度かお見かけしました。私は内心「ホテル側にすればデモ主導のこの人のせいで閑古鳥状態なのになあ…」なんて思ったりしましたが。

それにしても、自分の目の前で繰り広げられているデモ活動、タイ国旗をアレンジした様々なデモグッズに身を包んだ、デモ参加者たちの、政治色を感じない拍子抜けするような明るさ陽気さには驚きを隠せませんでした。(デモグッズの素人ファッションショーも開催中でした)

「みんな心底から楽しそうだなあ。非常事態宣言まで出して、あちこちのメディアで危険だからデモ隊や拠点に近づくなと言っていたけど、あれは風評被害を産むだけだったよねえ」なんて、毎朝、デモ隊のキャンプ地となり数百ものテントが張られ、すっかりどこか国立公園のキャンプ場と化した、池が点在し緑豊かなルンピニ公園内をジョギングしながら思ったりしました。

しかし、そんな私もヒヤリとする出来事がタイ地方(チェンマイ、ダンサーイ、ルーイ、ウドンターニーなどの北部イサーン地方)をバスで旅行して戻ってきた2度目のバンコク滞在の2月23日夜から24日未明に起こりました。

占拠中のサラデーン交差点とルンピニ―公園に深夜、何者かによって手榴弾が20発!も投げ込まれたのです。この日、日中、私はたまたまここに居て「相変わらずデモ活動やっているんだなあ、でもテントの数もデモ参加人数も前回よりぐっと減ったし熱気も冷めた感じだし、露店もヒマそうだ」とか思いながら公園をぶらぶらしていたその日の夜の出来事でした。翌日に「手榴弾投げ込まれ事件」を知り背筋がゾクッとしました。

それに加え旅行中、バンコク封鎖をしてインラック政権打倒を訴える反政府デモ隊に対抗して、今度は逆の「赤シャツ軍団(現政府支持のタクシン派)」が地方の支持拠点で活動を開始、私の旅する北部&東北部はまさに赤シャツタクシン派の支持拠点の聖地なので「今度は赤かよー」みたいな感じで、しかもこともあろうに週末ごとに狢臀顕餃爐鬚呂犬瓩燭任呂△蠅泙擦鵑。

せっかく、バンコクを離れて「赤vs黄の対立はもうこりごり、これですっきりさっぱりおさらばなのだー」と思っていたてんね、今度は逆の赤シャツ軍団とも遭遇しなければならないことになったのでした。(旅の影響は全く問題なしですけどね)

チェンマイにしばらく滞在したあと、今回のひとり旅最大の目標といえる爛圈璽拭璽灰鵐哀奪困稜磴そ个鍬爐芭鷦屬肇丱垢鮠茲蠏僂い妊澄璽鵐機璽い悄ピーターコーン(精霊)のミニチュア仮面やグッズの収集は大収穫のうちに終わり、持参した「専用バック」はあっという間にパンパンになりました。

朝夕の市場ぷらぷらくらいで他にすることもないツーリストゼロのこの村の、住民も含めた爐里匹な雰囲気爐大変気に入り、5日間も滞在して毎日田舎の自然風景を眺めながらホテルの中庭で読書三昧の贅沢な時間を過ごしました。


とりあえず自由気ままなひとり旅も終わり、そのまま3月上旬から「バンコク封鎖」続行中のバンコク市内からレンタカーを借りて「東部イサーン地方とメコン河、クメール遺跡群を巡ってチェンマイまで行く夫婦旅(2200キロを走破)」が始まりました。

爛丱鵐灰市内の封鎖で通れない道路をどう迂回して高速に乗るか爐剖貎瓦靴討い寝罅垢任靴燭、バンコク出発の前日、およそ50日ぶりに「バンコク封鎖」が突如解除され、バンコク市内のどの通りも以前の状態に戻りウソみたいにスイスイと通ることができてラッキーでした。

バンコクを抜け、かつてカンボジアのアンコールワットへと続いていた東北地方クメール街道に沿ったルートを進み点々と宿泊しながら、ピマイ遺跡やパノム・ルン遺跡などのクメール遺跡群を観光しました。クメール遺跡は神話を描いた「まぐさ石」やクメール様式の石造りの建造物全体に施されたレリーフ(彫刻)が大変すばらしく、やはりスコータイ遺跡やアユタヤ遺跡とは格が大違いの印象(失礼…)を受けました。

「クメールの微笑」とよく言われる、表情豊かに生き生きと描かれた天女・神々・動物や、石柱の幾何学模様など溜息の出るような彫刻の細かい犲蟷纏ぶり爐法炎天下で汗が噴き出るのも気にせずにペットボトルの水をぐびぐび飲みながら、我々としては精いっぱい精力的に遺跡めぐりをしました。

タイの最東端、対岸にはラオスを望みメコン河とイサーンを流れる大河ムーン河がぶつかる三角地帯にあるウボンラーチャタニー県の小さな集落コンチアムでは、目前に雄大なメコン河を見渡せるホテルに滞在、地元のレストランでメコン河産の天然手長エビを堪能したり(養殖とはミソのコクや身の甘味が違った)、3000年前の先住民が石の壁に描いた「赤い壁画」が有名な「パーテム国立公園」に行って4キロのトレッキングに挑み、またもや汗だらだら。。。

とにかくまあこんな感じで狎屬箍の隙間爐鬟好ぅ好い半綣蠅砲わしながら、北部と東北地方の隅々をまわり、1ヶ月半に及んだタイの旅も無事に終了しました。この間、日本人旅行者に出会ったのはバンコクとチェンマイだけで個人旅行の若い子かロングステイのシニアの方のわずかのみ。旅行会社を通したツアー客は皆無でした。

「タイ中が危険だ、タイには行かない方がいい」みたいな風潮の中、タイ国内をひとり旅や夫婦旅であちこち周遊して回りましたが爛織い牢躙鵜爐箸いι潮はまったくのウソで、お陰さまで普段となんら変わらぬサヌック(楽しい)でサバーイ(気持ちいい)でアローイ(美味しい)なタイランドの旅を満喫しました。


最後についでですので、一ヶ月半の間タイを旅行したなかで「赤vs黄の分裂した現状」について私が地元タイで直接見聞したことを書いてみます。

⇒首相のインラックさんは兄のタクシンさんの傀儡(かいらい)であるし、反政府派の中心となっている野党民主党で元首相のアピシットさんはデモを主導するステープ元副首相の傀儡である。

⇒タクシンさんの妹インラック政権の最大にして唯一の使命は、犯罪者となり海外に逃亡中の兄のタクシンさんを「特赦法」を成立させてタイ国内に帰国させること。(この法律を昨年秋に強行に成立させようとしたため、反タクシン派の怒りを買いこんなことになってしまった)

⇒インラック首相は政治には爛描膿有爐覆里琶曚立たず、国会答弁ができないので(野党にやり込められる)国会が始まると毎回、すぐに地方視察に出かけてしまう。

⇒インラック政権のやっている事は「ばらまき政策」ばかりで、長期的な視野に基づいた政策が何ひとつなくあまりにお粗末すぎる。

⇒反政府デモ支持者であっても、デモ活動の顔でリーダーとなっているステープ元副首相を100%信頼している人ばかりではない。(この人もこれまでかなりダークな事をしてきているらしい)

⇒インラック(タクシン)現政権も、反政府デモ側の野党民主党も、どっちもどっちくらいに汚職にまみれているので、赤でもなく黄でもない狢茖骸圈陛沺豊爐僚亳修鯊圓阻召鵑任い訖佑意外に多い。(第3者に赤と黄をまとめてもらい、クリーンな政治をしてほしい)

⇒このままでは、国内が分裂して政治が停滞している間に中国やシンガポールにタイ国を乗っ取られてしまう。ダメージがあまりに大きくタイ人同士で争っている現状は愚かとしか言いようがない。

⇒タクシンさんは猊戮噺⇔呂集中していたバンコクという構造爐鯊任素砲辰討れ、初めて貧しい地方に光を当ててくれた。特にタクシンさん出身の北部チェンマイ県は、タクシンさんのおかげで中央が一気に近くなった。そういう点では新潟出身の田中角栄とよく似ている。

⇒タクシンさんは土地も財産もびっくりするくらい持っているのに、これ以上私腹を肥やしてどうするのか?

⇒かなりのご高齢なプミポン国王によるかつてのような「鶴の一声」での決着はもうないだろう。承継者(次の国王)の事を考えて、自身の発言を控えているとの声もある。

以上、こんな感じです。「やりなおし総選挙」が実施されるみたいだし(選挙に勝ち目のない反政府派はまたもや「ボイッコットする」とか言っているけど)、これからも第2の故郷ともいえるタイには目がはなせません。



●画像左…「パノム・ルン」遺跡
●画像右…クメール遺跡観光の見どころ「見事な彫刻」
ひたすら平原の大地が続くイサーンには珍しい死火山の山頂にある「パノム・ルン遺跡」は、長い参道を歩いたあと、マヤのピラミッド神殿みたいな急こう配の階段をがんばって登り切った上にメインの神殿があります。20代の頃、本家のカンボジア「アンコール遺跡群」を回ったことのある私ですが、このタイのパノム・ルン遺跡は、アンコール遺跡群に引けを取らない規模でした。近くにある「ムアン・タム遺跡」は小規模ながら「まぐさ石」のレリーフ(彫刻)に見事なものが多く、見ごたえがありました。



【おまけ話】:47日ぶりに再会した飼い猫タビー
行きつけの動物病院のペットホテルに長期滞在していた猫にとっても旅に出ていた私にとっても久しぶりの西生寺。昨年、飼って3ヶ月で同じパターンで預けた時は、家も私のこともすっかり忘れてしまったタビーでしたが、心配していた今年はいったいどうだったのか?

答え⇒まったく心配に及ばず、でした。
500グラムのダイエットに成功して4.2キロになりちょっと小さくなったタビーは、バスケットに入り家路に向かう車内に居たころから、やけにくつろいだ格好でハッピーオーラをぴんぴん飛ばしていて去年とは明らかに違う感じ。で、西生寺に到着したとたん、今までずっとお寺に一緒に暮らしていたかのようなリラックスぶりを発揮、何のブランクも感じさせないふだんとまったく変わらない行動をとり、ほったらかしにしていた飼い主(私)に対してもふてくされることもなくフレンドリーで甘えん坊なこれまで通りのタビーにちょっと感激。

「やはり一年間一緒に暮らすとネコでも忘れないもんなんだなあ」と学習。

滞在中、先生やスタッフに可愛がられ、病院の看板ネコ爛優獲Л爐離▲畭析困箸郎Gも寝食をともにしたそう(トイレも一緒)で、次々とショートステイでペットホテルに預けられるワンちゃんやネコちゃんたちともすぐに仲良くなり、かなりハッピーなホテルライフを送っていたらしいです。


2014/03/20(木)
★旅のスナップ:タイ「地元グルメ」編














●画像左…メコン河産の手長エビのグリル
対岸はラオス、メコン河のほとりの小さな町コンチアムを訪れた目的のひとつが、地元メコン河のエビ漁で獲れた大きな川エビを食べること。

ねらいはロブスター級のビックなエビでしたが、水量の少ないこの時期は獲れないそうで、食べたエビは少し大きめのブラックタイガーほどだったけれど味はピカイチ!養殖エビと天然エビの美味しさの違いは、日本の魚で例えると、養殖のぶりと天然ぶりほどの違いがあり、炭火グリルや濃厚な味噌が溶け込んだトムヤム(スープ)でいただきました。

ウボンラーチャタニーでは市内を流れるムーン河で獲れた桜エビほどの小さな川エビの踊り食い「グン・テン」が名物で、今の乾季のみ出現する中洲に造られた川床(高床式の小屋)にござを敷いてもらい、だっくらとしながら(泳いだり昼寝もOK)、ぴちぴちとはねるエビを逃げないように皿でフタをしながら食べるグン・テンとリオビールは風情があり、これぞ爛蹇璽ルイサーンの神髄爐箸いΥ兇犬悩嚢發任靴拭

(ちなみにタイとラオスの国境線となっているメコン河にできた中洲は乾季のみの中洲も含めてすべてラオス領なのだそうです)


●画像右…栽培しいたけのフリッター
コンケーンからピサヌロークを結ぶ絶景の山々の尾根をゆく国道12号線(通称グリーンロード)からそれて、さらに山道をぐんぐん入って行ったところにあるペッチャブン県カオコー村。山岳地帯にあるこの村では気候がキノコ栽培に適しており「しいたけ栽培」などのキノコ栽培がさかんに行われています。

私にとってさらに興味深いのは、この村がかつて毛沢東に影響を受けたタイ共産党軍の軍事訓練の拠点の村だったこと。最終的にはタイ国軍の掃討作戦で敗れたけど、その時この村も戦場となった。今ではカオコーの山頂にメモリアルの碑が立ち、村一体はキノコ栽培とタイ人に人気の高原リゾートとして発展しています。

昼下がり、崖にせり出したレストランのテラス席。左手側に山々の絶景が見渡たせ、右手側には館内に置かれたレトロな大きな置物狄楊栄を着た毛沢東爐拍手をしながら微笑んでいる、そんなシチュエーションでポクポクと口に放り込む熱々のしいたけのフリッター。日本のよりかなり小ぶりで一夜干し風のしいたけは限りなくサクっと揚がっていてとっても美味しかった。


2014/03/20(木)
★旅のスナップ:タイ個性派「ラック・ムアン」編














●画像左…スリンのクメール様式風の「ラック・ムアン(市の柱)」
イサーン地方にある象の町で有名な「スリン」のラック・ムアンにはたまげました。猯垢破れた地方都市のラックムアンをお参りして画像に収めるコレクション爐鮖呂瓩匿年になるけれど、ここまで個性的でインパクトのある超ド級のラックムアンに出会ったのは初めて。大興奮!

「こんなに普通の街中の通りにラックムアンなんてあるのかな」と思っていたらセブンイレブンの先に突然姿を現した、見上げるほどの高さのトウモロコシ型のクメール様式を模した立派な塔のラックムアン。頂上部には、アンコールトムのような頭部まで乗っていて、お堂入口の上には「パノム・ルン遺跡」の有名な爐泙阿祇个離譽蝓璽姚爐施されている凝った造り。内部には普通に黄金色の狠讚爐お祀りされていました。

これを見るためにスリンを訪ねてもよいくらいラックムアンマニアにはおすすめの超ド級のラックムアンです。(そんなマニアいるのかいな?)


●画像右…ようやく見つけたチェンマイの「市の柱」
「歴史上、一度もバラモン教に影響を受けていない北部にもラックムアンは存在するのか?」というかねてからの疑問が解けたのが、1894年(明治26年)年にシャム(現タイ)に併合されるまで北部一帯を統一して治め、民族も違う独自の路線を築き上げていた「ラーンナー・タイ王国」の首都であり続けたチェンマイでした。夕方の散歩で偶然見つけたチェンマイのラックムアンは「ワット・チェディルアン(寺)」境内にお祀りされていました。

正式にはチェンマイのはラックムアンとは呼ばずに「サオ・インタキン」と呼ばれています。

他の都市のラックムアンのお堂には見られない、新築されたばかりのラーンナー様式のモダンなお堂は「さすがはチェンマイ」と思わせます。また、堂内に通常お祀りされているヒンドゥのリンガが基とされている牴金の柱爐癲▲船Д鵐泪い離皀里話譴任呂覆て支柱の上に「金色の仏さま」が祀られていてこれは犇睛貌の仏さま爐世修Δ任后(タイは曜日ごとに仏さまが決まっていて自分の生まれた曜日の仏さまを信仰する習わしがある)堂内の壁一面に描かれたラーンナー様式の精密な壁画も見事でした。

まさかランナーの地にもラックムアン(市の柱)があるとは驚きで、今回の旅のうれしい大発見となりました。それにしても幾度も訪れているチェディムアン寺に、市の柱がお祀りされていたなんてこれまで全く気付かなかったのでした。そうそうラ−ンナータイ王国と言えば、タクシン派の強硬派がこのたびチェンマイの大集会で「ラ−ンナー自治共和国」みたいな旗を掲げたらしく「いかがなものか」と野党(反政府派)がブーブー文句を言っていました。


2014/01/30(木)
★「おてら通信」は冬眠、そして「私」は旅へ














正月明けからこれまで一切の外出をせず、訪問者もまばらな西生寺にじっと身を潜めるようにして暮らしてきた私にもいよいよ一年に一度の猯洪佑箸覆覽╂甅爐巡ってまいりました。

また今年も寒い日本を脱出して南国へ。今年はタイ国内をまわる1カ月半の自由旅に出ます。2月いっぱいはひとり旅で、3月からは第4弾となる夫婦ドライブ旅行の予定です。

1月31日成田出発。反政府デモ隊による「バンコク封鎖」と「非常事態宣言」に揺れている首都バンコクにまずは飛び込んで行きます。

今年はちょうど中国正月(春節)に当たり、大挙して押し寄せる中国人や華僑の人たちの休暇にぶつかるので混雑を心配していた私ですが、ただいまバンコクはご存じのとおり爐修譴匹海蹐犬磴覆ぞ況爐如▲丱鵐灰を訪れる外国人旅行者数は、日本からのツアー客や春節休暇の中国人を含めて相当数激減しているようで、高級デパートや観光業界は大打撃だそうです。(タイ化している私はマイペンライ精神で断行しますが正直心配…)

皮肉にも道路封鎖で交通量が半減し、大気汚染が改善されたというバンコクで数日間を過ごした後は、大好きなチェンマイに行き定宿でしばらくじょんのびします。(チェンマイでしか食べられない私の大好物のチェンマイ郷土料理の探究、タイマッサージ、お寺参り、市場通い、そして読書の日々)

そのあと東北地方(イサーン地方)を列車とバスで旅します。

今回のタイひとり旅の最大の目的は、イサーン地方北部にあるルーイ県(ルーイは犧撚未騰爐箸いΠ嫐)のダーンサーイを訪れて、去年初めて「夫婦ドライブ旅」でこの地を訪れて以来、私の心を虜にしている「ピーターコーン(精霊)グッズ」をもっともっとたくさん買い足すことです。

ダーンサーイは山々に囲まれた集落で「隠れ里」といった雰囲気ののどかな町です。毎年6月か7月の満月の日に牘乞いと豊作祈願爐里燭瓩砲海梁爾嚢圓錣譴覺餾廖屮圈璽拭次Ε灰鷓廖廚有名です。

各住民チームが、農具で手作りしたお揃いの精霊ピーターコンの奇抜な仮面をかぶり、衣装を着て仮装をします。チームごとに違う爛ラフルで恐ろしい顔をしたピーターコンたち爐町の通りをパレードするのが「ピーター・コ−ン祭」の最大の見せ場です。この祭の期間だけは内外問わず多くの見物客が訪れますが、それ以外は旅行者は爐曚椒璽蹲爐離帖璽螢好肇譽好肇薀鵑發覆ど當未療勅膨です。

旅行者がゼロでも、町中いたるところに爐泙舛こし爐箸个りにピーターコンのオブジェが溢れているのがダーンサーイの町の面白いところ。消防署の入口にも大きなピーターコン人形が設置されていてなんだか陽気です。

ダーンサーイの住民はきっと誰ひとり買わないと推測される「ピーターコングッズの土産物屋(店の人が手作りしている)」も数軒あります。旅行者が居ないのにお店はきちんとオープンしていて独占状態で買い物ができます。(祭りの数日間で一年分を稼ぐのかな?)

町には宿場みたいないい感じのローカルなプチホテルが1軒あるのでそこに宿をとり(昨年はガラ空きだった)、町をうろうろしてピーターコンのオブジェとたわむれ、ピーターコングッズを買いあさる怪しい外国人と化したいと思います。

誰に気兼ねすることも時間の制約を受けることも一切ないのが爐劼箸衫広爐梁藐鑢。列車とバスを乗り継いではるばる再訪するピーターコンの村で私は狄欧討盂个瓩討皀圈璽拭璽灰鶚爐箸いΑ△箸海箸鵐圈璽拭璽灰鹹劼韻遼萋を過ごす予定です。
メキシコに「ガイコツグッズ(カラベラ)」を買いに行った時以来の高揚感で今からワクワクしています。(専用の大型バックも持参!)


話は変わり我が家の飼いネコのことです。

私の旅行に伴って昨年に続き今年も、愛猫タビー(2歳メス、キジトラ)はおなじみの動物病院のペットホテルに一足早く預けました。預ける当日、出かける20分も前からタビーは自ら進んでバスケット(運搬用ゲージ)に入りうっとりとした瞳で待機、ちょっと変わったネコですね。

太り気味なので予定通り「ダイエットプログラム」してもらいます。タビーとかなり仲が良いという、ネコ友のアメ太郎兄さん(病院の飼い猫、アメショーオス6歳)が待っていてくれました。(タビーはやさしいスタッフとアメ太郎がいるから大丈夫。ハッピーなホテルライフが送れると信じています)

これにてタビーちんとはしばらくバイバイです。3月のお彼岸前に動物病院に引き取りに行くまでの50日間、私もネコも互いに会う事はありません。

飼って3ヶ月で同パターンで預けた昨年は、シャンプーまでしてもらってピカピカ元気印で我が家に帰って来たタビーですが、思いっきりこの家を忘れ、私を忘れてしまっていました(その日のうちにすっかり仲良しに戻ったけれど)。飼って一年以上が過ぎた今回もやはり同じく忘れてしまうのか、実験です。


というわけでして、これからしばらくのあいだ今年も「おてら通信」の更新はお休みさせていただきます。帰国して3月のお彼岸のころ、また更新したいと思っていますのでよろしくお願いします。爛侫觸偲鏑爐鬚靴浸笋痢嵶垢里澆笋河叩廚任盻颪い討澆燭い隼廚辰討い泙后

それではみなさん、しばしのお別れです。また早春のころにお会いしましょう。
(どうぞバンコク滞在の平穏無事を祈ってください。赤と黄色の対立はもううんざり…)

住職の夫、お父さん園子ママ、後はよろしく。



●画像左…部屋に飾ってあるピーターコンのミニチュア仮面
昨年ダーンサーイを訪れた時は一泊しかしなかったし、夫がいたのでゆっくりと買い物をする時間が持てず、人形など数点しか購入できませんでした。この手描きの仮面はピーターコン祭の時に、雨乞いや豊作祈願の大切な法要をする寺院「ポンチャイ寺」の境内にある売店で買いました。(この寺院もピーターコンのオブジェだらけ。陽気な雰囲気に満ちた他にはないカワイイお寺です)
遊び心でメキシコのガイコツ人形に仮面をかぶせてみました。収集しているメキシコのガイコツたちとも不思議とマッチするので爛瓮シコとタイの共演爐魍判爾気擦燭い隼廚辰討い泙后

●画像右…精霊ピーターコンの本物の仮面
同寺院内に併設の「ピーターコン資料館」に展示されているド迫力のピーターコンの仮面です。ここまでくると芸術品の域に達しています。頭の上の逆三角形の部分が米を蒸す時に使う爛競覘爐鮖藩僂垢襪里この仮面の特徴です。
(画像では分かりませんが)魔法使いのおばあさんもびっくりの爛ギ鼻爐筺丁寧にペイントされた爐爐出しの歯・炎の目爐覆匹覆鼻屮織と任覆泙呂押廚箸任發いい泙靴腓Δ、カッコ良すぎでヤバイです。パプアニューギニアの「マッド祭」で登場する奇妙な仮面にも匹敵する個性的な仮面です。
(いつか現役を引退した時にぜひとも「祭」を見学したいものです)


2014/01/16(木)
★R402号と弥彦山スカイラインを結ぶ「バイパス道路」建設中














連日の凍てつく寒さに私の冬の風物詩爐靴發笋鵜爐今季も本格的に両手・両足の定番の指にできました。お風呂に浸かって赤く腫れてめっちゃかゆい部分を激しくもみもみして狡磨擇記爐北紊┐襪里至福の時間となっている、ただいまお寺に狹焙討蠱罩爐了笋任后

(同パターンの愉しみとして、蚊に刺された部分をシャープペンでツンツンと刺してから冷蔵庫で冷え冷えのキンカンを塗るという夏バージョンもあります)

さて、今回の「おてら通信」は爐Δ譴靴ぅ縫紂璽広爐里知らせです。

それは「おてら通信」の題名↑にもありますが、ついに悲願だった「国道402号線」と「弥彦山スカイライン」を狢柴擦鯆未蕕困膨招覘爐垢襦屮丱ぅ僖稿始」の建設工事が始まったことです。

我々がどれくらいの期間、この道路を待ち望んでいたかというと、弥彦山スカイラインが開通してから40年間、関越自動車道が開通してからだと30年間です。

日本海の海岸線を走る「国道402号線(日本海シーサイドライン)」沿いに、海からすぐの弥彦山に挟まれるようにして細長く集落が形成されているのが我が「野積地区」です。

村中には、国道402号線と並行するように、住宅の出入り口を兼ねたくねくねと曲がった狭い村道が伸びています。その村道に「弥彦山スカイライン」の「野積口」があり、ここを登って西生寺に行ったり、弥彦山山頂へ行ったり、または山を越えて内陸側の弥彦温泉や弥彦神社へと行くことができます。

この弥彦山スカイラインと国道402を利用した「弥彦神社(温泉)〜西生寺〜寺泊アメ横魚市場(昼食・買い物)」というのが狎樟源の観光ルート爐猟衄屬箸覆辰撞廚靴い里任后

特に30年前に角栄さんの尽力で「関越道」が開通したことで、「新潟」は東京や埼玉などの関東方面からの格好の観光先としてブームとなり、大型観光バスの団体旅行が続々と本県を訪れるようになり、当時、西生寺にも毎日のように大型バスがやってくるようになりました。現在はバスの数は減ったものの、それでも遠方から大中小の観光バスが来るのは今も変わりません。

しかし、このルートは長年問題を抱えていました。

それはルート上、絶対に通らなければならない狢爾瞭始爐狭く曲がっていて、特に大型バスが通るにはかなり難関な道である、ということです。

つまり、国道402から弥彦山スカイライン入り口へ行く(もしくは弥彦山スカイラインから国道402へ抜ける)には、さきほどから記述していますように、どうしても村中の狭い村道を通らなければならず、しかも村の道は一方通行で、さらに野積の人達は(私を含め)往来を自由にするので一方通行をあまり守りません。(自宅の立地上、遠回りばかりもしていられず仕方がないともいえる)

西生寺に来る「観光バス」の団体旅行は、たいていが午前中に「弥彦神社」を参拝、スカイラインに入り弥彦山頂(標高634m=スカイツリーと同じ高さ)の「弥彦山展望台」で景色を楽しんだあと、スカイラインを海側に下って「西生寺」へ、当山を参拝後に「寺泊アメ横」でお昼と買い物というパターンです。

そうするとお客さまが「弘智法印即身仏」を拝観している間、空っぽのバス内などで休憩をしている運転手さんが、受付寺務所の受付窓口にいる私のところへ「地図」を持って来て犹泊のアメ横へ行くルート確認爐鬚垢襪海箸多いのです。

この時、運転手さんに私が答える内容はほとんど決まっています。

「ここのスカイラインを下ってすぐ村の道に突き当たります。そこを一通なので右折して、村中のくねくねした狭い道を通るのですが、バス一台がやっと通れるかくらいの狭さと曲がりくねり度です。狭くて申し訳ないのですが、この狭い村の道を通らないと(寺泊へ続く)国道402へは抜けられません」

という話をするとたいていの運転手さんは「本当にうちのこのバスでも大丈夫なの?」と不安を口にするので、最後に必ず私はこう言うことにしています。

「2階建ての国内最大級の大型デラックスバスもこの村道を通って寺泊市場へ行っていますから、通れないことは絶対にありません。急カーブの部分は燹淵魯鵐疋襦棒擇衒屬鍬爐箸の技を使えば、大丈夫とのことです。プロの運転技術を最大限に駆使して、どうかがんばって通ってみてください…」

くだけた感じの運転手さんだとさらにこうつけ加えます。

「私の未熟な運転技術だと、自分の小型車でもいっぱいいっぱいでやっと通っている爐△鵑紛垢て鮫爐髻△茲もまあ大型バスが出入りしているものだと、通るたびに感心しています」

仕上げにこんな情報も付け加えます。

「そうでした、あの一応牋貭漫憤貶通行)爐覆鵑如∨寨茲和亳車にぶつかるはずはないんですけど、村の人は平気で逆行するので…しかも最近はデイサービスの車もしょっちゅう停まっています、ま、いちおうアドバイスです」

受付寺務所の私のところに、すでにぷんぷん怒って来る運転手さんもたまにおられます。
そんな運転手さんのほとんどが、国道402号線から村中を通ってスカイライン入口を登ってきた方ですね。

「ちょっと、おたくまでの道、狭いねー(怒)!!」

こういう時は、とりあえず平謝りです。

「本当にスミマセン。道が狭くて申し訳ないです。何とかして欲しいと昔から町に要望を出しているのですけど、なにせ、田舎の行政でして、道をひとつつけるのも何十年かかるかの世界でして…えへへ」

(20代の頃は犂間限定の若さ爐鯢雋錣豊爐△泙蟷笋鮴佞瓩覆い妊ーラ爐鮟个靴覆らとびきりの笑顔で対処できましたが、40代ともなるとさすがにコレは使えず狎僂濬鼎佑診月(=ベテラン力)爐妊バーしてます)

怒るまでもないものの、常連の運転手さんで「寺務所」にひとこと猗蘰爐鮓世い砲る人もいます。

「あいかわらず、道狭いねえ。少しは広がっていると思ったらぜんぜん変わらないねえ」

こういう方の場合、互いに顔見知りだったりするので
「相変わらず道が狭い」
が「お久しぶり」みたいな爐△い気弔慮斥姚爐梁紊錣蠅魏未燭靴討い燭蠅靴泙后

と、まあ、ちょっと前までこのようなやりとりが受付寺務所で繰り広げられてきたわけですが、こんなやりとりももう過去のものになりつつあります。新しい道なんてだいぶ前にあきらめていたのに、本当に道が付く日がくるとは思ってもみませんでした。ありがたい話です。


西生寺家族が勝手に猝喚爐澆燭い砲靴道廚ど舛い拭崑柴擦鯆未蕕困忘僂爛丱ぅ僖垢鮑遒誅叩廚、具体的に寺泊町議会の議題にのぼったのは20年も前でしょうか。「一歩前進!」と喜んだのですが、計画に進展のないまま、寺泊町は長岡市に合併され、そのうちに我々もすっかりあきらめて、道路計画すら忘れていた昨年9月中旬、打って出たかのようにいきなり「バイパス道路工事」が始まりました。

(我々には突然に思えたけれど、きっと水面下では土地買収とかいろいろと手続きが進んでいたのでしょう)

ということで、今では、運転手さんや添乗員さん、果ては問合せの旅行会社の方にも堂々とこう言っています。

「今、村の狭い道を通らなくてもいい爛丱ぅ僖稿始爐鮑遒辰討い泙后M菁の3月末が完成予定なので、次回来るときはきっと402号線からウソみたいに簡単にスカイラインに入れたり、村中を通らずに簡単に国道に出られたりします」


新潟県はウワサによると、日本一バイパス道路が多い県で、そのバイパス道路の効果が抜群にあらわれているのだそうです。(例えば混雑や渋滞緩和、時間短縮など)一年に3カ所くらい毎年どこかの道に、街中を走らなくても良い郊外を直走するバイパス道路の新設や、バイパスが延伸したりしています。

このように、自分が普段使っている生活道路にバイパス道が完成すると「やったね!」ってかなりうれしいです。たまにしか利用しない有料の高速道路よりも、身近な道が少しでも利用しやすくなる方がずっとずっとうれしいです。公共交通機関が皆無に等しく、マイカー無しでは暮らしてゆけない地方のお話です。

ということで今年の春、雪解けの頃に開通予定というバイパス道路の完成が待ち遠しい限りです。理想としては冬期閉鎖中の弥彦山スカイラインが開通する4月1日に同時開通!なんてのはどうでしょう。



●画像左…着工間もない頃の様子(昨年9月14日撮影)
新しい道をつけるために道路設営予定地の狠(斜面)爐髻⊆蟷呂瓩剖伴圓草刈りしたあとの画像。「ホントにこんな所に道がつくのかな?」と半信半疑で撮影しました。ガードレールの道が弥彦山スカイラインで村の入り口から少し登った地点です。この斜面に国道402から直結する道を作って、この地点で既存のスカイラインと合流させる計画のようです。

●画像右…最新の状態(今年1月7日撮影)
上の画像とほぼ同じ地点から撮影しました。画像に見える「黒い屋根&茶色の壁の2階建ての家」を↑の画像と合わせてみると狷始の進捗具合爐よく分かります。この家の前にも建設中の道が伸びているのが分かります。遠くに見える防風林の手前に直結する国道402号線があります。わずかに日本海の水平線も見えます。402号線側からの工事も着々と進んでいます。
ちなみにこの日はお天気が良かったので、車ではなくお寺から歩いて行ってみました。(スカイラインを歩いたのは15年ぶりくらい)


2014/01/05(日)
★謹賀新年 −2014−














皆さま、新年明けましておめでとうございます。
本年も西生寺とおてら通信をどうぞよろしくお願いいたします。

平成26年、新しい年がスタートしました。除夜の鐘で煩悩を落とし狄瓦留れ爐鬚垢辰りとリセット。昨年までの重たくすすけた自分とはなんとなくおさらばできたような、初々しい清らかな気持ちで迎えられるのが元旦です。このしゃきっとした気持ちをキープして一年を過ごしたいものです。

とはいうものの、私たち夫婦は正月三日間は毎年のことながら追いたてられるような忙しさでした。3年くらい前に完全に隠居した長老&園子ママより爐寺の全権爐鯒い気譴討い觸賛Δ隼笋蓮峺誼兇魯灰譴肇灰譴肇灰譴肇灰譴鬚笋襦廚覆匹侶茲泙辰討い襪寺の仕事が山ほどあるのです。

ひとつクリアしても、次に控えているやるべき事が次から次へと怒涛のごとく押し寄せてきて、誇張でもなんでもなく息つくヒマもないくらいで、もう笑っちゃいます。別に西生寺だけが忙しいのではなく爐正月は忙しい爐箸いΔ里呂寺の宿命です。ですので一般に言う狎儀邉な爐魯璽蹐任后

そんな狆个辰舛磴Δらい忙しいお正月爐癸各の「年始会」がピークでした。年始会とは檀家さんが菩提寺に集合して、昨年一年間の報告をしたり、今年一年の事を話し合ったり、年始の法要を行ったあとに庫裡で「お斎(昼食)」を食べ、菩提寺や檀家同士の懇親を深める会です。

この「年始会」は毎年爐燭里發靴そっ人爐△蝓
2日に正月の里帰りでやってくる横浜に暮らす住職の妹夫婦が毎年、慣れた感じでアレコレと手伝ってくれるのです。さらに今年は年末に来日していたフランスの姉家族の甥っ子(大学生の長男の方)も、同じく2日に狎捗妝隠犬っぷ&徒歩爐農樟源にやってきたので、今年の「年始会」は長男の住職と妻で寺庭の私を中心に猖緜錙甥っ子が一丸となって乗り切る爐箸いξ稠に増して爛▲奪肇曄璽爿爐憤貽となりました。

(この日の夜ごはんは狢任曽紊沖爐辰討海箸如△ょうだい甥っ子5人で新潟市内の繁華街へ繰り出し、忘れかけていたシャバの雰囲気を久々に味わいました。何を食べたかって?それは若い者5人が集まって食べるものと言えばやっぱり狆篤爐任靴腓Α5人ともほとんどお酒を飲まないので、山盛りのご飯をお供にベトナムスタイル(飯をかっ込む!)でもりもりと肉を平らげていきました)

そんな感じですので、新年を迎えたものの犖朕妖な新年の抱負爐覆氷佑┐詬祥気發覆、とりあえず元旦の朝に境内を廻り、御本尊の阿弥陀如来さまと弘智さま(即身仏)と愛染明王さまに「今年も一年山内安全で何事もなく、平穏無事に家族皆が仲良く過ごせますようにどうぞお守りください」とだけ祈りお参りをしました。

そうしてたいてい、まともに今年の目標などを立てることなく一年が暮れてゆきます。新年のお寺の事を全部やりあげて、ようやく少しだっくらとした今こそ今年こそ犲分のための今年の目標を考えてみよう爐隼廚のったものの、5分くらい考え込んでも爐泙犬疉な抱負爐呂舛辰箸睇發ばないし、マジに頭痛がしてきたのでやめました。

(ちなみに5分間考えて浮かんできたこと。昨年の春に夫と車で訪れたタイ奥地のダンサイ村に再訪して大好きなピーターコン(精霊)グッズをもっともっと買い占めて部屋の一角をピーターコンだらけすること。実家の母に今年こそお寺に来てもらって愛猫タビーちんを会わせなくてはならないということ。今年こそ一度にたくさんお茶を入れられる夢のようなBIGな急須が欲しい、の以上3点でした)

まあ、結局は基本的にはこれまでの繰り返しの一年をまた新しく積み重ねるだけです。

日々の暮らしの中で爐笋襪戮事爐鮓絏鵑靴砲擦困砲笋蠖襪押∋嫁匱圓反真瓦農椶垢襪海箸鮨瓦け、楽しい趣味の時間を持ち、高齢の両親をなるべくいたわり、家族仲良く夫婦仲良く、地味だけど気に入っている狎樟源のお寺ライフ爐鮑Gも充実させることができればきっとよい一年となりましょう。

確固たる自分の居場所で、平穏と思える日常生活を送れることが一番ありがたいことであると、40歳を過ぎてから特に思うのでした。

どうか皆さんにとってもよい一年となりますよう、
野積のお山からお祈り申し上げます。
なぁーむぅー(南無)。



●画像左…「年始会」でのお斎(昼食)の様子
中央ににょろっと立っている青年が狢膺漢のフランスの甥っ子(長男の方)爐任后1っ子はもうしばらく西生寺にいる予定で、長老と園子ママの良き話し相手になってくれています。西生寺の次は長野県白馬のスキー場に滞在して(一泊2000円のユースホステル)友人とスノボーを満喫するそうです。年始会のお弁当が5つ余ったので「全部食べてもいいよ」と言ったら「もう、せっかく痩せたのに、ここに来たら食べ物がいっぱいでいつも狷擴宗覆箸鵑)爐靴舛磴Δ鵑世茲覆◆廚版困泙靴欧任靴拭

我が家に来て開口一番、何を言うかと思ったら「タンタンねえちゃん、日本ってさ、イチゴがいま狃椨爐覆痢それともなにか特別な品種なの?」でした。冬のこの時期にフランスではイチゴは皆無だそうで、同じく寒い日本なのに、店にイチゴが溢れているのが不思議でならなかったそうです。とりあえず夕食作りに忙しかったので「匠の技を持つニッポン人に不可能という言葉はないんだよ、わかったか」とだけ言っておきました。

●画像右…年始会用に作った新潟の郷土料理「のっぺい」
画像手前の大きな鍋(我が家で2番目に大きい業務用)の料理は、およそ60人分の爐里辰擇ぁ覆里辰擇そ繊豊爐任后覆修留の料理は大根5本分の爐瓦泙△┨版鬚覆泙広爐任后法
のっぺいは、サトイモ、レンコン、にんじん、こんにゃく、キノコなどを細かく切って、干し貝柱と干ししいたけをたっぷりと使ってとった出汁で煮るしょうゆ味の煮物で、正月などの晴れの日には欠かせない新潟の伝統料理です。料理は私担当ですので、当然この大鍋いっぱいの「のっぺい」も私が作りました。

くらくらとめまいがしそうなほどの犹垣垢蠅離汽肇ぅ皚爐糧蕕鬚爐時がこの料理最大のヤマ場で「がんばれ自分!」とはげましながらやりました。全部の材料を細かく切ってしまえば8割方、のっぺいは完成したと言ってもよいでしょう。



【追伸】:感謝!「西生寺HP」を立ち上げて10周年。
昨年書き忘れたのですが、私手作りのこの「西生寺ホームページ」も昨年の10月末で丸10年となりました。HP開設と同時にスタートした「おてら通信」も丸10年です。お寺での日々の暮らしの中で感じたことなどを中心に犹庭婦人目線爐乃い泙泙鉾信するつもりで初めて挑んだ「ブログ」ですが、この10年間、本当にマイペースに気ままに更新してきたおかげで狢切れ爐垢襪海箸發覆楽しく続けることができました。

住職の夫は、おてら通信の内容に関してこの10年間、一切口をはさむことはなく、無謀にもこんな私に対して驚くべき寛大な自由を与え続けてくれています。(読むと心臓に悪いとか言っている(笑))

今では「てら通なしでは自分の人生が物足りない!」って感じてしまうほど、自分自身にとって爐てら通信を更新すること爐生きる張り合いとなっていて驚きです。いまだに「おてら通信読んでいますよ」と言われると照れちゃう私ですが、これからも犁い泙泙豊狢海韻討いたいと思いますので、皆さまこれからもどうぞよろしくお願いいたします。



2013/12/25(水)
★ネコを飼って一年 −私が猫のいる暮らしに慣れるまで−














今年も残すところあとわずかとなりました。年の瀬を迎えた街や人々からは活気が感じられて良いものです。一方でシャバの活気とは正反対に我が西生寺は「弥彦山スカイライン冬期閉鎖」にともない「受付寺務所」や「宝物堂」を閉鎖して、今年も狹焙討蠅寮験茵淵掘璽坤鵐フとも言う)爐始まりました。たまーに訪れる人も常連さんの狄綮劼気淹欧雖爐ほとんどで、積雪はないものの早くも閉塞感がただよっています。

私も毎日続いた受付寺務所への狃亢弌退社爐なくなり、日中のほとんどを母屋の部屋で過ごす暮らしが始まり、どうやら一番喜んでいるのは飼って丸1年となる愛猫タビー(メス2歳)みたい。私や住職が寺務所へ出勤している通常期間は、2階の部屋で孤独にお留守番をしているタビーは、日中もずっと私たちが部屋に居るのが信じられない様子で、寝ることも忘れて浮かれています。

猫を飼って一年、タビーは我々以外の家族(父や園子ママ)にもすっかり慣れて、突然の訪問者にもとてもフレンドリーに応対するなど(真の目的はスキをついて脱走する事)、かなり人懐っこく愛嬌のあるネコであると判明。あいかわらず超甘えん坊で、ヒザの上で丸まったり、寝る時は私の体にべったりと張り付くので今の寒い季節にはちょうど良い狎犬た湯たんぽ爐量鯡椶魏未燭靴討れています。

先日、浮かれタビーを連れてかかりつけの「動物病院」へワクチン接種に行ってきました。3月に病院のペットホテルに預けていたタビーを引き取りに行って以来です。

タビーの長期ペットホテル滞在時に爛優獲Л爐砲覆蠏残錣里茲Δ僕靴鵑任れた、病院の看板ネコのアメリカンショートヘアーの「アメ太郎(5歳)」が元気に迎えてくれて2匹は再会。お互いにすぐに思い出したようで、さっそく短足同士仲良く病院内を駆け回っていました。

私が今回とってもたのしみにしていたのは、ぷりっぷりで超健康体のタビーの久しぶりの「体重測定」。昨年12月の避妊手術以来なのでちょうど一年ぶりの体重測定です。ちなみにタビーの体重変化は以下のとおり。

◎1年前の譲渡で「動物愛護施設」から出所する時の体重→2.6kg
◎直後に健康診断で行った「動物病院」で計った時の体重→2.9kg
◎その後にこの病院で避妊手術をする時に計った体重→3.6kg

我が家に来た時(推定1歳未満)はとっても小さな猫でした。私たち夫婦はこの小さな猫の今後の成長を疑わなかったのに、動物病院の先生に「子供ではないですね、大人ネコです。これ以上成長はしません。体重が増えたとしてもただ猗遒┐伸爐世韻任后廚噺世錣譴謄轡腑奪。私たちはタビーに「ミニチュアネコ」というセカンドネームを与えたのでした。

あれから一年、この子は何キロになったのかな?最近は心なしかミニチュアネコとはあまり感じないんですけど。気のせいかしら。

体重計を併設した診察台に乗せられたタビー、さあ体重は?

4.7kg!!

うわあーやっちゃった。

うちに来た時が2.6kgだったので、つまりは一年間でなんと倍近い2.1kgも猗遒┐伸爐辰討海箸任垢。4.7kgには私もちょっとびっくりしたけれど、先生もスタッフも(そばにいたアメ太郎も?)驚きを隠せないというより「小さかったタビーちゃんが…」と笑いつつ、メタボへの危機感を飼い主にアピール。

どうりで私も久しぶりに会ったアメ太郎を見て違和感を抱いたわけだ。「え、アメ太ってこんなに、はかなくて小さかったっけ?」ってね。昔は可憐で狆さな妹爐世辰織織咫爾魯▲畭析嵯擦気鵑茲螳豌鵑蠡世なって見た目は完全に逆転、大きなタビーに小さなアメ太郎のコンビになりました。

だけど不思議でたまらないのは「なぜここまで肥えたのか?」です。

だってこのネコはペットホテル滞在中に奇跡としか思えない爐靴弔韻領匹ぅ優貝爐砲覆辰堂罎家に戻って来ていらい、人間の食べているモノなどはウソみたいに何も欲しがらなくなり、一日に与えるゴハンだって爛リカリ(ドライフード)適量60グラム、かつお節少々、歯磨きガム1コ、カニカマ1本だけ爐覆里任后1親阿眤膵イだし。

さっそく「カリカリ60gだけでうちのタビーは2.6kgの体重が一年で4.7kgになったよ」という報告を実家の母にしたら、同じくロシアンブルー(オス10歳)を飼っている母はこう言いました。

「タビーちゃんの食べているカリカリって万田酵素でも入っているんじゃないの?」

母がこう言うのには理由があります。なぜなら実家のネコは、カリカリだけのタビーと違って猖萋かなりの豪華な食事爐鬚靴討い襪里法大きな体や長いしっぽはしなやかでどこまでもほっそりとした狒蕕斬亮銑爐世ら。朝昼晩一日3度のネコ缶と、常置している食べ放題のカリカリ、刺身のまぐろ、大好物のバターやあんこなどを与えているのにね。
もうちょっと肥えてあげても良いんじゃないのかな?レオン君。


さて、本題の「ネコを飼って一年、私が猫のいる暮らしに慣れるまで」の話です。猫を飼ったことによる犒稙阿琉貲爐鬚△蕕燭瓩討佞蠅えってみましょう。

ペットを飼ってすぐに「かわいい」とか「家族の一員」なんて単純に思えるのはちょっと違うと思うので犒稙阿琉貲爐箸靴泙靴拭犹瑤でとしっくりくる事爐蓮∋瑤せ呂瓩鵬箸砲△辰診の本で読んだ「ネコが人間の暮らしに慣れるのではなく、人間がネコのいる暮らしに慣れるだけだ」という、まさにその言葉通りでした。

前に飼っていた黒猫ミャーゴが死んで4年が経ち「そろそろまた猫でも飼うか」という心境になった我々夫婦は、前に飼っていた黒猫みたいな「大人猫と夫婦の静かな暮らし」を希望して、あえて人気のある生後3ヶ月とかの子猫ではない爐舛腓辰箸世雲猫爐鯀んだのですが、希望は見事に打ち砕かれました。

初期の行動は狄欧討い襪もしくは騒いでいるか爐世院ストーカーみたいにどこまでも執拗に私を探してついて来たり、障子を破ったり、大切な置物を壊したり、餓鬼みたいに何でも食べたがったりを繰り返すなどの猴汁曚世砲靴覆ったやんちゃぶり爐法△海譴泙任良徂悗陵遒礎紊い進襪蕕靴離據璽垢思いきり乱れて、どうしてもネコとの共存が馴染めず戸惑いばかりでした。

狹承´爐箸覆辰燭里、飼い始めて3ヶ月半のとき、周囲の心配をよそに「ペットホテル」に預けたことです。1ヶ月半後、ホテルから長期滞在を終えて戻ってきたタビーは、甘えん坊&人懐こさはそのままで「しつけ」がされて猜未離優貝爐澆燭い雰狹な変化をとげていたのです。(私は寝食を共にしていたアメ太郎のお陰だと信じている)

このため、これまでの私の負担がいっきに減り「ネコを飼うのはそんなに大変じゃないかも」と初めて思えるようになりました。

半年が過ぎた夏あたりからようやく「飼い猫タビーの時間割り(猫の世界観)」がつかめました。タビーの行動が落ち着いてきて、爆睡の時間、派手に行動する時間、ご飯を食べる時間、甘える時間ときっちりと分類される安定した毎日となったのです。

「今は放っておこう、ヘタにいじってスイッチ入ると厄介だから」と、ネコの状態に応じた距離感のとり方などの狆ー雖爐分かるようになると戸惑いは完全に消え「面倒な時もあるけどにくめないヤツだ」と思えるようになりました。

犹笋悗離好函璽ーぶり爐郎も相変わらずですけど、それに対しても、私がどんなに叱っても張り飛ばして痛い目に遭わせても、懲りもせずに必死に私の後を追ってきたり、私のヒザの上で安心しきって熟睡してしまうタビーの牋貪咾記爐忘負けしました。

「わかったてば」

それからは「一緒にいるのが当たり前のかわいいヤツ」と思えるようになり「いないとさみしい大切な存在」となり、ついに、飼い始めた当初は牘扮鵑砲海鵑平感はおとずれる事はないんじゃないか爐隼廚辰討い拭屮優海いる暮らしっていいね。タビーを飼って良かったね。タビーちんっていいネコだよね」という言葉が自然に言えるようになりました。

飼い始めたころ「やっぱり飼わなきゃよかった」とネコを飼ったことを後悔してしまったこんな私でも、日が経つうちにこのような心境になれたことは感涙の極みです。犂靴讚爐辰討曚鵑箸垢个蕕靴い任后しみじみ…。

げっ!(絶句、、、)

せっかく「めでたし、めでたし」と美しく今年最後の「おてら通信」を締めくくろうと思ったのに、たった今「何時だろう?」って思って後ろの「壁掛け時計」を見たら、なんと狡洪豊爐無くなってるじゃん!さっきまで普通にあったのにどういうこと!短針の微妙な位置で猜爐鮹里譴辰討海箸任垢。

タビーめ、いつの間にやりやがったな チクショウ。(時計の下の本棚の上はこの子の定位置でさっきまで寝ていた)ふん負けるもんか。そっちがそうならこっちにだって手があるんだ。人間の頭脳をなめるなよ。使っていない薄型トラベルウオッチを壁に貼り付けてやる!ほらどうだ!これなら針がクリアガラスの内側だから狄僕靴哭爐呂任ないだろう。へっへーざまあみろってんだい。

総まとめ。「猫のいる暮らしに慣れる」とは、つまり↑こういう事↑です(笑)。
(ちなみに次の日には短針も無くなっていた…)


というわけで今年も一年間「おてら通信」を読んでくださって本当にありがとうございました。皆さまどうぞ良いお年をお迎えくださいませ。また新年にお会いしましょう。




●画像左…ボリューミーに変身した現在のタビー(体重4.7キロ)
カリカリに万田酵素が入っているというウワサは本当かもしれない。もしくは本物の「万田酵素」をなめている長老のお父さんが、毎日こっそりとなめさせているのかもしれない。

すっかりボリューミーなネコに変身した犖汽潺縫船絅▲優貝爐離織咫爾蓮△佞燭燭嗟菁1月末から長期に同じ病院のペットホテルに滞在する予定です。前回、タビーをとてもかわいがってくれたスタッフの女の子達により「ダイエットプログラム」が決定しています。私が猗遒┐討い襯優貝爐砲海世錣襪里蓮∩阿旅猫がガリガリに痩せ細って死んだからだと思います。「太れる=健康体」ということで牋多幹境爐あるのです。

●画像右…1年前のミニチュアネコだった頃のタビー(体重2.9キロ)
「子猫っぽいけどこれ以上成長はしない」と動物病院で言われた頃のタビー。活動的で破壊的な行動に、ただただ戸惑い手を焼いていた最盛期。この頃は狡譴覆靴凌欲爐任匹鵑淵薀鵐のカリカリでも関係なく呑み込むように完食しちゃったので、エサのCMで「食いつきがぜんぜんちがう」とかいう意味が分からなかった。目の前にカリカリがあってガツガツ食いつかない猫なんているのかね?ってね。


2013/12/10(火)
★「和食」ユネスコ無形文化遺産登録に寄せて














同じ中越エリアに暮らす、気の置けない仲間の寺庭ばかりが集まって、毎年恒例の「忘年会」を地元野積にあるレストラン、おなじみ「バナナウィンズ」で開きました。同じ境遇の寺庭婦人同士ならではの共通の話題を中心に、夕方6時から閉店の9時半まであっという間の楽しいひとときでした。

おいしいお料理とはずむ会話、お寺が忙しくなる年末年始を控えて、ふだんお寺にこもりがちな我々寺庭にはとっても良い息抜きと情報交換の場となりました。

その時にも話題にのぼったのですが、ご存じのとおりこのたび日本の「和食」がユネスコの「無形文化遺産」に登録されました。登録された正式名称は「和食・日本人の伝統的な食文化」だそうです。

これ、京都の「日本料理アカデミー」というNPO法人が政府へ提言したのがきっかけで、政府がユネスコ側に提案、和食について「四季や地理的多様性による新鮮な山海の幸」「自然の美しさを表した盛り付け」「正月や田植えなどとの密接な関係」とアピールしたそうです。これに対しユネスコ側は「自然の尊重という精神に関連している」と評価したとか。

これを読むと、無形文化遺産に登録された「和食」のイメージとして「京懐石」みたいなプロの料理人が作ったモノを言うのかな?とも思いましたが、きっと「郷土料理」や、家庭料理の「お惣菜」とかも入っているのでしょう。定義がいまいちわかりません。

一方では牴板輓鼠の和食離れ爐進んでいると言われている今、ユネスコ登録を機にあらためて「日本の食文化に誇りを持ち、伝統的な和食を見直そう」なんてことも聞かれます。

たしかに、日本人である我々がまともに和食を作れないなんてちょっとはずかしい気もします。でも和食ってパスタとかみたいに一品完結ってわけにはいかないし、手間ひまかけたわりに見た目も地味だし、仕事や子育てで忙しい若い人たちに敬遠されてしまうのもわかる気がします。


我が家の場合、食事の主食は絶対に倏鯤騰爐任后ご飯と和洋中さまざまなおかずで「一汁二菜」に漬け物や常備菜が定番です。食べ盛りの子供がいない食卓はこんなもんです。しかも長老も園子ママも80歳を過ぎた高齢なので、食べた事のない挑戦的な料理を作って食べてもらうというような食生活でもなく、安心して食べられる「定番料理」をローテーションで作っています。

和食の基本は「一汁三菜」で、最大の特徴はかつお節や昆布などの乾物でとった出汁(だし)だそうです。ユネスコに和食の登録が決定した日、試しに夫と協力してこの日の夕食は、我が家で出来るかぎりの段階から手作りをした純和食の「一汁三菜」にしてみました。

・ほうれん草の胡麻和え(通常はすり胡麻パックだけどちゃんと白胡麻を炒るところから始めた)
・鯖の味噌煮(久々に作る。地サバ1本を3枚におろす段階から始めた、すべて夫が担当)
・土鍋で湯とうふ(昆布出汁と豆腐のみ)(かつお節で出汁をとっただし醤油)
・車麩とわかめの味噌汁(出汁は煮干し)

どうってことのない献立ですが、最初から手作りをするとふだんより時間がかかります。でも完成してテーブルに並んだ和食ばかりの料理を見ると、日本人としての義務を果たしたというか爐いせ纏しました的爐塀室卒兇いっぱい。

「食事作り」は毎日のことなので、市販のモノを活用して上手な手抜きも必要だけど、たまには真面目に一から?作ってみるのも悪くないなと思いました。

こうも立派な一汁三菜だと、NHK朝ドラの「ごちそうさん」の食事風景みたいに、久しぶりにひとりひとりに爐膳爐魄っ張り出してきて、テーブルじゃなくてお膳でご飯を食べてみたくなりました。

数年前までは我が家でも「正月料理」だけは2番膳まで料理の皿でいっぱいにして、家族で囲炉裏(いろり)を囲んでお膳で狎儀遒僚砲の鼠爐鮨べたものです。しかし料理を囲炉裏のある離れの部屋に運ぶのが面倒くさくなって、いつしか「おせち」も食堂で食べるようになったのでした。こうして阿刀家の狄卓の伝統爐ひとつ消えた訳です。

この猝姪櫃さい爐クセモノですね。ムダを省き合理的に、かつ便利さを追及するのが現代の日本の価値観ですので、もしかしたら猝姪櫃さい爐覇本の食文化や伝統行事などがすたれてゆくのかもしれません。そのうち猩多を食べる事爐、洋装に地位を奪われてしまった日本の民族衣装「着物」みたいに狷段未瞭に食べるモノ爐覆鵑討海箸砲覆辰燭蕕気澆靴い任后


和食と関係あるか分かりませんが、先日のその寺庭仲間の忘年会で「日本の食卓って犲茲蟷爐箸、とにかく犹爐多すぎない?」って話になりました。皿が多すぎて毎日の皿洗いが大変だという話です。

確かにそのとおりなんですよ。西生寺の場合をみても、ごはん茶碗と味噌汁椀ですでに2つ、2種類の料理の2皿に、取り皿が別につく…こんなに皿数が多いのって日本だけじゃないかしら。

同じく、炒め物や煮物などの「おかず」数種類と「汁モノ」、箸と茶碗で「白米」を食べる食文化のベトナムは、初めて訪問した時に一番驚いたことは食卓の犹数の少なさ爐如△覆鵑鉢犲茲蟷がゼロ爐任靴拭L椶料阿離董璽屮襪両紊砲蓮⊆分用の箸とレンゲとご飯茶碗があるだけです。

サービスが悪いとかいうことではなく、ベトナムでは大皿料理のおかずを食べる分だけ、直接自分の茶碗のご飯の上に乗せるのが正式な食べ方なのです。

さらに驚きは、大きいどんぶりで出される日本の味噌汁のような「定番スープ」も犲茲衒けるお椀爐呂覆、なんと茶碗の中の食べて減ったご飯の上にかけて食べるのです。お茶漬けのようにさらさらと残り少ないご飯を完食したら、2杯目のご飯を軽くよそい、大皿からおかずを乗せる…という方法を繰り返して食事は終わります。

最初は「取り皿が欲しいんですけど」と思っていた私も、この食べ方に慣れると実にシンプルで気持ちが良いのです。禅宗の食事作法の「最後は湯を注いだご飯茶碗をたくあんで洗って終わり」みたいです。皿ばかりが多い日本の食卓に対し「もしかしてベトナムみたいに爐茶碗ひとつと箸爐濃が足りるのに、無駄な事をしているんじゃない?」ってギモンを持つようになりました。

(ちなみにベトナム人の食べ方がこれがまた良いのです。日本ではあまり見かけなくなったいわゆる爐茶漬け風かっ込みスタイル爐任后手に持った茶碗を口元に持ってゆき、ゆっくりと少量のごはんやおかずを箸で口の中にかっこんでおいしそうに食べます。若い女の子もみんなそうです。健康的で「メシ食ってる」って感じがいいです。やる気なさそうにダラダラと食べるタイ式とは大違いです)


さてその「日本の食卓は皿数が多すぎて家事が負担だ」という我ら寺庭の発言に対して、大人5人子供2人の爍汗ぢ綢膕搬沖爐琶襪蕕靴討い襪△觧庭が、涼しい顔で衝撃発言をしました。

「あら、ウチはね、料理はすべて大皿でテーブルに出して、各自の前に爍海弔吠かれた空のプレート皿爐魄賈臙屬い董各自が食べたいだけ自分のプレートに取って食べるの、ムダもないし、はいそれで終わり」

家族が増えるうちに毎回の皿洗いが大変になり、考えた末に爛錺鵐廛譟璽箸離咼奪侫Д好織ぅ覘爐砲覆辰燭里世修Δ如家族の誰からも異論は出なかったそうです。全料理を個別に提供している西生寺では考えられないことで(大皿から取ることを嫌う園子ママの影響が大)、私は羨望のまなざしでその寺庭を見つめてしまいました。


和食といえば世界中で「日本食ブーム」の勢いが止まりません。ブームというよりは犲銑爐呂箸發くすっかり定着した感もあります。

姉家族の暮らす美食の国フランスにも、日本食人気が定着している米国に比べると遅れをとっていた「和食ブーム」がようやく訪れたそうで、パリ市内にはラーメン専門店、焼き鳥、回転寿司、日本食全般が何でも食べられる店など、かなり怪しい店から高級店までさまざまな「日本食レストラン」があっという間に出現、日本食材を扱う「専門店」などもあるそうです。

最近では、外食にとどまらず「和食=ヘルシー」を信じて疑わないフランスの人々が、家庭料理にヘルシーな「豆腐」「わかめ」や「しょうゆ」「ぽんず」などの日本食材を取り入れたりすることも珍しいことではないそうです。

姉からこの夏に聞いた話ですが、そんなフランスのパリで、グルメな人々の間で話題となっている新鋭シェフの「ミシュラン星付き フレンチレストラン」に、フランス人の友人から「ようやく予約が取れたのよ」とランチに誘われ、とても楽しみにしてオシャレをして出かけたそうです。

ランチといってもパリの星付レストランだけあってひとり100ユーロ(今のレートでおよそ1万4000円)もしたそうです。

ところが、出てきた料理は、ひと口で終わる食べた気のしない少量の皿が永遠と続き、しかも多くの皿が猩多爐魄媼韻靴織皀里个り。例えば、ソースに昆布出汁とゆずを使ったり、味噌とマヨネーズのドレッシング、シソの葉、海苔、温泉卵…。

これには姉も心底がっかりしたそうです。

「こんなのフレンチじゃないわよ。これなら毎日私が作っているモノとなんら変わらないじゃないの。たまの外食に求めるのはしっかりとした量でこってりとしたソースの伝統的なフレンチなのよ。100ユーロも払って損したわよ」

ただし、友人のフランス人たちは「美味しい!斬新!さすが○○シェフだわ!」と大絶賛だったそうです。

フランスではいま、研究熱心なシェフたちがこぞって「かつお節」や「昆布」「海苔」などの和素材に興味を示し、伝統のフレンチに和の食材を取り入れるのが流行しているそうです。

「和食」と同じくユネスコ無形文化遺産に登録されたのが韓国の「キムチ文化(キムジャン)」です。じつは韓国政府は日本が動き出すよりも数年も早いうちから「韓国料理を世界に広めよう」と大統領が先頭に立ってキャンペーンを始めています。

欧米にはこれまでの韓国料理店のイメージを覆すような、めちゃくちゃオシャレな「韓国料理店」も登場しているようですが(オシャレな店内でワインを片手にチゲ鍋やビビンバを食べている欧米人)、フランスの甥っ子が言うには、キムチをはじめとする「韓国料理」はフランス人にはいまいち不人気とのことです。

その理由として「ヘルシーさに欠ける、キムチで好き嫌いが真っ二つに分かれる、唐辛子系の辛さは好まない、料理(見た目と味)に繊細さがない」とのことでした。なるほど。


さて、と、年末年始のこれからの時期は私にとっては一年で一番狹租の和食文化爐鮨濃く体感する時期です。

お寺の昔ながらの年越しの準備、乾物戻しから始まる数々の正月料理の下ごしらえ、おせち料理作り、新潟の郷土料理のっぺいや同じく郷土料理のこうとう雑煮作りなどなど、ユネスコも太鼓判の爐海譴湘租の和食爐箸い手仕事が私を待ち受けています。

「こういうのから解放されたい。おせちとか買う人がうらやましい」と思わなくもないですがここはいっちょ前向きに猩多文化を後世に伝えてゆく日本人のひとり爐箸海海軻世董家族のためにおいしい和食をたくさん作りたいと思います。



●画像左…伝統和食「精進料理」
10月末に参加した寺庭婦人会研修旅行での昼食で、善光寺参道にある精進料理で有名な宿坊でいただいた精進料理です。盛り付けが美しいお煮しめ、菊芋の酢の物、かば焼きに見立てた豆腐料理です。これはほんの一部で後から後からいろいろな料理がお膳に運ばれてきましたが、最後は信州らしく手打ちそばでした。お寺の行事の時に出す料理の参考になりました。(ちなみに家庭ではふだんは精進料理ではなくふつうのごはんを食べています)

●画像右…伝統和食「正月の祝い料理」
これは私と夫の住職で作った正月料理の数々でたぶん2年前の画像です。これでひとり分です(作るのは5人分)。毎年こんな感じで手作りしています。右上のデカい四角い焼き物は、新潟の年取り魚で住職特製の「塩引き鮭」です。


2013/11/26(火)
★冬の準備着々…














新潟県湯沢町三俣にある「かぐらスキー場」が11月23日に、県内最初のオープンを迎え、待ちわびたスキー客たちがゲレンデ狃薐蠅雖爐魍擇靴鵑世箸里海箸任后

檀家さんにプロ並みの腕を持つ爛好ー大好き爐癖がいて、この方は毎年、11月の初滑りからコンディションが良いスキー場を爐呂靴喚爐垢觀舛韮儀遒い辰僂い泙任痢△覆鵑犯焦間!も狃桔スキー爐魍擇靴鵑任られます。スキーができない6月以降の夏場期間は、仕事帰りに毎日のジョギングを欠かさず続け爛好ーのための体力を維持爐垢訶按譴屬蠅任后

さて、本格的な冬の到来を目前にした西生寺では、今年も冬を迎える準備がひとつ整いました。紅葉が美しい境内の、つつじやさつき、あじさいをはじめ大小さまざまな種類の木々一本一本に「冬囲い」が施され、三角形に組まれた竹が仲良く並んでいます。

日本三大夜桜「高田城百万人観夜桜会」で有名な上越市にある「高田公園」では、広大な園内の樹木すべてに冬囲いをする作業に2ヶ月ほども費やすそうですが、西生寺の場合、出入りの庭師さん(今年はひとり)が、雨の日も晴れの日も北風の冷たい日もみぞれの日も毎日作業を続け爍呼間爐けて完成しました。数えたことはないですが、隅から隅まで相当な数になると思います。

毎度おなじみの「雪囲い」ですが、ぱっと見てその「型」はざっと3種類あるみたいです。

一番多いのは、竹数本でネイティブ・アメリカンのテントみたいに丸まった樹木を囲って縄で固定するタイプ。次に多いのが樹木の中心に竹一本を立てて、先端から縄数本を傘の骨組みみたいにして吊り樹木に固定するタイプ、こちらは「雪吊り」と呼ぶそうです。

そして爐覆猫爐つく屋根の下にある樹木にはより狎磴茲盈廊爐龍い完全に樹木を覆ってしまうスペシャルなタイプがたまに見られます。(これは手間がかかりそう)

雪の重さは相当なものできちんと雪囲いをしないと雪の重みで樹木が折れたり、せっかくの犂櫃泙螢ット爐盞垢い燭衒儼舛靴討靴泙い泙后

雪さえ積もらなければこんな事いっさいする必要はないのに、雪って最悪。スキー場と道路の除雪担当の会社が喜ぶ以外に、雪が降って得する事は何ひとつありません。

冬の間、雪が積もるたびに繰り返される狷擦弔鵜爐覆匹痢崕雪作業」は重労働だし、除雪車で駐車場のアスファルトは痛むし、過酷な冬型天候でお堂や家屋は痛むし、暖房光熱費はかさむし、すきま風や底冷えで体が固まるくらい寒いし。まあ犂┐記爐賄澆世ら仕方ないと100歩譲ったとしても、やっぱり狎磴龍賚爐世韻和僂┐蕕譴覆ぁ帖

(おっといけない、油断するといつもこの初冬の頃は、雪が降って寒くて暗い新潟の冬が大嫌いな私の文句大会になってしまう。私がスキー好きな檀家さんみたいにスキーが趣味だったら、冬の新潟はかなり天国だったかもしれないのだけど…)

というわけで(気を取り直して)西生寺の犹安臈濟拇扠爐箸靴討蓮⊆屬痢屮織ぅ筝魎后廚伴木の「雪囲い」、そして広い境内の「落ち葉の掃きそうじ」でしょうか。

「今年の落ち葉は今年のうちに!」の理念のもと「これも修行のひとつさ」と毎日、貴重な晴れ間をみてはホウキと熊手を持ち出して住職とふたりで境内を掃き掃き奮闘中です。

現在、けやきと桜が完全に落ち上げて、残るは落ちはじめた紅葉もみじと今が黄葉のピークを迎えているイチョウです(樹齢800年の大銀杏!)。この「落ち葉サイクル」とは別行動で、強風でばっさばっさと落ちまくり、一夜にしてじゅうたんのように道路や境内を埋め尽くす猝瓦盍望もない茶色の杉っ葉爐砲亙銚します。


冬のたのしみ、冬のたのしみ、冬のたのしみ、るんるんるん、

ムリにテンションあげてみたところで、やっぱりプラスマイナスでゼロ…以下かな?

苦手な新潟の冬をお寺にこもってじっと耐え抜くのも狃す圓里劼箸牒爐隼廚辰萄4もがんばろうっと。苦手なわりに結婚いらい23年間、新潟で風邪をひいたことが一度もないという鉄人級の丈夫な体には文句なしに感謝です。(逆に夫は越後っ子なのにちょっと寒いとすぐ風邪をひく)



●画像左…冬囲いの景観
「宝物堂」前です。雪囲いの型が3種類、ぜんぶそろっています。爐覆猫爐つく屋根の下の「スペシャルなヤツ」もわかりますか?今は丸見えですけど、なでがつくとほとんど雪におおわれてしまうので、見える部分はわずかに先端の竹の部分くらいです。

●画像右…「不動池」紅葉もみじの狎稍澆雖
境内に点在するもみじの紅葉は、今年は色が鮮やかで数年ぶりの当たり年でした。住んでいる敷地内で、溜息がでるほど見事に燃えたつ紅色に染まった紅葉が楽しめる贅沢。でも、その後にもれなく付いてくるのは猴遒鼠嫣櫃爐箸いΔ笋辰いなお仕事ですけど…。


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