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2014/07/09(水)
★7月15日「大般若法要・水子合同供養祭」のご案内














今年も7月15日(火)に「大般若法要・水子合同供養祭」が開催されます。そのご案内のまえに、別の話題を少しだけしたいと思います。

じつは先日、こんなことがありました。午後、母屋の玄関に長老のお父さんがいたので理由をたずねると「自分を迎えに来る車を待っている」とのこと。

そのまま私は家に入ったので知らなかったのだけど、じっとしているのに嫌気がさしたのか、気もみ症(せっかち)なお父さんは、待ちきれずに玄関を出て、村へ向かってスカイラインをてくてくと歩き始めたのです。

道は一本なので「どうせ途中ですぐに迎えの車とすれ違うだろうから、そこで乗れば良い」と考えたお父さんなのでした。

しばらくしてピンポーン♪と玄関のベルが鳴り、バイクに乗った郵便屋さんが配達物を届けに来ました。野積担当のいつもの郵便局の人です。その方が、

「ここの長老さまだと思うのだけど、今、途中の道路ですれ違いましたよ。村に向かって歩いていましたけど」と教えてくれました。
(この時点で初めて長老が玄関にいないことを我々は知る)

さらにしばらくしてから今度は電話が鳴りました。住職が電話に出ると村の方からでした。

「今さっき畑にいたら長老さまがひとりで歩いていたんだけど、本人は『大丈夫』とおっしゃったんだけど大丈夫ですか?」
というものでした。

どうやらお父さんは、迎えの車とすれ違うことなく、村に到着しつつあるようです。
そもそも「長老自らが約束を取り付けたという犒泙┐亮岫爐覆鵑橡榲に来るのかしら?」と疑問符がつきはじめたころ、また別の村の方から電話が。
今度は檀家さんです。

「ひとりで腰つけて(村で)休んでいた長老さまを見つけたので、本人が行きたかった所までとりあえず車に乗せて連れて行きました。本人は来るはずの迎えの車が来ないとかで、山から歩いて来てしまったと言っているけど、一応連絡しておこうと思って」

「それにしても村で長老さまの姿を見つけた時は爐い茲い荵呂泙辰燭爐辰道廚い泙靴燭茵幣弌法

結局、長老は予定通り村で用事を済ませ、別の村の人から車に乗せてもらい西生寺へ帰ってきました。後日、犒泙┐僕茲襪箸い車の話爐眥肱靴隆違いであることが判明しました。

帰宅後、この狒動爐鯤垢い芯肱桂椰佑蓮

「オレもいよいよ獨况砲靴討い覘爐隼廚錣譴襪茲Δ砲覆辰燭。いやはや、仕方ないなあ、人から見ればよぼよぼの爺さ(じさ)だものなあ、アハハ」
と、何の悪ぶれる様子もなくおかしそうに笑うだけ。。。

そんなお父さんは放っておくことにして、今回の件で私が「すごいな」と思ったのが、郵便屋さんも村の人も、ひとりで山から村へ下って歩いている長老を見て「もしや徘徊ではないか?」と心配してくれたことです。その上、事実上の猜欷遶爐箸發い┐襦⊆屬覗ってくれるという形にもなり、本当にお騒がせなのでした。

いま世間では、認知症の徘徊問題が明るみになり始めましたが、

「野積地区は『地域で見守り』がちゃんとできているのだなあ。さすがは野積、強固なネットワークは平成でも健在だった」
と少し感動しました。
(ただし徘徊の方向が村ではなく猝鑄Щ海留地爐箸覆襪範辰倭瓦別ですが…)


さて本題に入り「大般若法要・水子合同供養祭」のご案内をさせていただきます。

7月15日(火)、当山西生寺において「大般若祈祷会」と「施餓鬼・水子総回向法要(合同供養祭)」が今年も開催されます。大勢の僧侶より読経していただき、水子精霊やご先祖さまを供養する法要や「大般若六百巻」による所願成就の大祈祷会が厳修されます。


予約も必要ありません。どなたでも気軽にご参加いただけますので、ぜひお参りください。(小さなお子さんも大丈夫です) なお当日「ご供養」や「ご祈祷」をお申込みいただく方は、午後1時半までにお越しいただき「庫裡の受付」にてお申込みください。
ぜひこの機会にご参加いただきたくご案内申し上げます。


【日時】:7月15日(火)
【時間】:午後1時「ご法話」、午後2時「大般若祈祷会」
午後2時半「施餓鬼・水子総回向法要」
【受付】:西生寺「庫裡」

【塔婆料(御供養料)】:(先祖供養、水子供養など一件につき)2,000円
【大般若祈祷会祈願料】:(一件につき)2,000円
家内安全・病気平癒・交通安全・身体健全・商売繁盛・開運満足
厄難消除・合格祈願・学業成就・安産祈願・家門繁栄・その他
【お問い合わせ】:0258−75−3441


●画像左…大般若のご本尊「般若守護十六善神」
7月15日の大般若法要の日だけに限定して掛けられる軸です。大般若経の「転読会(てんどくえ)」の時の本尊となり、般若経の転読を守護する仏さまです。法要が行われる客殿の内陣中央高くにお祀りされている「愛染明王」さまの場所に掛けたのを撮影したので、下から見上げるように撮れました。暗いし分かりづらいですが、中央の仏さまがお釈迦さまで、周りに十六善神が描かれています。


●画像右…「大般若六百巻転読会」の様子
600巻ある大般若の経本を大勢のお坊さんで手分けをして一巻ずつ「転読(てんどく)」していきます。この時怒っているみたいなびっくりするくらいの大きな声で「だーいはんにゃはらみったきょう○△□!」と唱えるのが特徴です。経本の獻霽(ぼんぷう)爐砲△燭襪醗貲間無病息災でいられるという御利益があるとされます。


2014/07/04(金)
★水子地蔵尊エリアに手作りの「七夕かざり」














早いもので今年も半分が終わり、一年の折り返し地点の7月を迎えました。
7月に入った早々、ちょくちょく「水子地蔵さま」にお参りに来るご夫婦がみえて、今年もさっそく手作りの犲畦爾ざり爐鮹羆メインの「童水子地蔵尊さま」の場所に飾ってくれました。

「七夕かざり」というと大人になってからは、仙台とかの豪華な狢腓な垂れるヤツ爐鯀杼するばかりだった私でしたが、こうして毎年、このご夫婦が美しくかざった「手作りの七夕かざり」を水子さまに設置してくれるおかげで、私の昔の記憶がよみがえり「そうそう、私も作った作った、折り紙のくさりとか」と、なつかしさでほのぼのとした気持ちになります。

犧爐鮗屬棒僂鵑任寺に来て、水子さまの場所でふたり仲良く、手作りの爐さり爐筬爐舛腓Δ舛鶚爐里ざり、買ったものと思われるまるでクリスマスツリーのオーナメントのような狄焚修靴織シャレな七夕用飾り爐髻△討い佑い望り付けていく様子を「受付」の窓からぢーっとうかがうあやしすぎな私。

そしてご夫婦がお帰りになった後、待ちきれない私は、さっそくデジカメを携えて犧Gの作品爐魎嫋泙靴法△修修さと寺務所を出て撮った画像がコレです。

狡瓩眄泙譴覆っ僂困しい日本人爐了笋砲六廚い發弔ないような手法で作られた、折り紙などを使ったご夫婦手作りのかざりや、オシャレな七夕仕様のかざりのひとつひとつに感心していると、毎年節句のごとにそれに合ったモノを水子さまに供えることを欠かさない、このご夫婦の思いが伝わってくるのでした。

少し離れた正面から水子さまエリア全体を眺めると、笹に飾られた色とりどりのかわいらしいかざりが、風にひらひらと揺れてとても涼しげです。水子さまたちもメインステージに設置された七夕かざりにとても満足している様子。

「とってもステキだよ。水子さまのみんな 良かったね」

ささのはさ〜らさら〜のきばにゆれる〜♪(水子さま大合唱)

私も水子さまたちにあやかって誰もいない境内で思う存分七夕気分にひたりました。



●画像左右…水子地蔵尊エリアに飾られた七夕かざり


【おまけ話】:千羽鶴
「折り鶴」といえばつい最近「千羽鶴」の奉納がありました。3センチほどの小さな折鶴をひもに通し、数珠つなぎにぴっちりと重ねたのをひとつに束ねた狄真靴靴だ蕷鶴爐鯡椶料阿砲垢襪隼廚錣困燭畭が出ました。

神社やお寺などでふつうに目にする千羽鶴ですが、千羽鶴とそれを作った奉納者と受け取った私という図式になって初めて「よくある千羽鶴」なんて気安く考えちゃだめだと分かったからです。

なぜならその千羽鶴からは狎蕷の折り鶴爐鬚弔るために要した時間と忍耐力、願いを込めて祈り(いのり)ながらひとつひとつ折り続けた倏阿龍さ爐魎兇犬燭らでした。

それはそうと、数珠つなぎの折り鶴一本が狢世い劼皚爐砲靴見えないくらい、小さな小さな折鶴で作られたこの千羽鶴を見ていると、日本の「おり紙文化」を根底とした日本独特の「千羽鶴」は狎こΔ妨悗譴襯◆璽蛤酩覆性爐罰凌しました。

(そんな私の受付の机の上には、昨年「こんなんじゃいけない!鶴くらい折れるようになろうよ自分」と奮起して、図書館で借りてきた「おり紙の本」を見て一生懸命作った、白いボロボロの鶴らしきモノがひとつ横たわっています。ついでに虫とかいろいろ折って狎泙蟷罎涼人爐砲覆詬縦蠅任靴燭、鶴ひとつ折って早くも夢がしぼみました。約半年で一羽だから千羽折るには私の場合ざっと500年はかかりそうです)


2014/06/29(日)
★ビフォー&アフター(今年も見事に丸まりました)














一年に一度の庭師さんによる大がかりな剪定の時期を迎え、なじみの庭師さんが慣れた手つきで一年間伸び放題だった西生寺境内の犂櫃泙蠏呂亮木たち爐髻⊆ 垢抜櫃瓩討罎作業を、寺務所の窓から痛快な気分で眺めています。

(庭師さんどんどん丸めちゃってくださいよ)

境内全部の丸まり系樹木を丸めるには、2人がかりで最低3日はかかります。手はかかるけど、毎年必ず行わないと美しい丸まりがキープできないそうです。

私の気まぐれな願望としては、そろそろひとつくらい外国のガーデンで見かける「動物シリーズ」みたいなのがあってもいいかなーって思います。

定番のゾウとか、意表を突いてアルマジロとか、おなじ長岡市の山古志にちなんで大人気のアルパカとかね。

梅雨空の下、そんなたわいもない事を考えてボケっと過ごして牘儺き爐鰺椶辰討い泙后

なぜなら7月に入ると「大般若会」の準備を幕開けに、夏休みが終わる8月いっぱいまで、住職の妻(寺庭婦人)として、また長男の嫁として、一年で一番にぎやかで忙しい季節を迎えるからです。

アレコレ大般若会の準備、7月15日の当日、後始末、続けてフランス義姉家族来日で西生寺滞在、夏休みで参拝者が増える中で8月1日の新盆会、13日からのお盆、そして義妹夫婦来山etc…。

毎年訪れる多忙なこの時期を我々夫婦は狎樟源夏の陣爐噺討鵑任い泙后


●画像左…ビフォー
一年間でこれだけ伸びました。芸術は爆発だ!みたいな 文句のつけようのない暴れぶり。

●画像右…アフター
プロの庭師さんにより爆発部分をカット(暴れん坊くんバイバイ)見事に丸まりました。(丸ちゃんひさしぶり!)


2014/06/22(日)
★泰山木の花が2年ぶりに咲きました。














境内の「願掛け ナツ子石」の横にある、お寺唯一の狢抻殻據淵織ぅ汽鵐椒)爐、大きな純白の花を一輪咲かせました。辺り一帯になんともいえない甘〜い香りが漂っています。

あいかわらず植物には全く関心がない私ですが、この花は好きです。
(白状するとこの木の名前も忘れちゃっててコレを書くにあたり夫に聞いた次第です)

ふっくらとした純白の大きな花も文句なしの美しさですが、この花の香りが好きみたいです。

南国では一般的なプルメリアや、バナナの花みたいな倏燦な甘い香り爐するので犹笋里世辰ら場所爐任△襯織い法⊇峇崚にトリップできるからかもしれません。

毎年わずか2、3輪しか花を咲かせない西生寺の泰山木、紫陽花(あじさい)が旬を迎える6月のこの時期になると「まだかなあ」と開花を心待ちにしています。

ただ毎年咲くわけではないようで、昨年はついに一輪も花を咲かせることなく夏が過ぎてゆき、ちょっとがっかりでした。

今年は早い段階で狆さくて固いつぼみ爐鮹気靴討澆燭箸海蹇∈蕕なかった昨年を挽回するかのように、なんと5つも見つけました。

一度に全部咲かずに一輪ずつ、ゆっくりと順番に開花するのも狷いを嗅ぐ派爐砲呂Δ譴靴い掘見事に咲いた大輪の花が、生きているみたいに(実際、生きているのですが)三晩くらい爐弔椶澂爐鉢牾花爐魴り返すのもおもしろいです。

陽が落ちると爐弔椶澂爐北瓩蝓太陽が昇るとつぼみがふっくらとしてきて開花するのですが、夜明け後の早朝にいつも境内にいる私は、花びらが開き始める爐修了爐頬菘拯ち会えるので、鼻を近づけて爛侫譽奪轡紊閉一の香り爐鬚んくん嗅いで深呼吸することがささやかなお楽しみとなっています。

花は4日目くらいになると、開花したまま閉じることをやめ、しだいに茶色く変色がはじまります。最初の開花から一週間ほどで軸だけになり、泰山木の花は短い一生を終えます。

以上、「受付寺務所」の窓から毎日泰山木を眺めていた私の犂兒〃覯綿鷙隲爐任靴拭


●画像左右…泰山木の花
早朝、開花をはじめた時の画像です。完全に開いてしまう昼間よりも、これくらいの状態の時が一番美しいです。放っておくと夏いっぱい平気で咲いている紫陽花にはこれといった関心もわきませんが、桜とかカタクリの花の群生とか狠擦ご間で咲き誇る系の花爐蓮⊃∧に無関心の私でも人並みに「愛でたい」という気持ちになります。



【小さなお知らせ】
「お知らせ」というほどでもありませんが、老朽化していた駐車場のお手洗い「女性エリア」のリニューアルが完了しました。これまで無かった(!)洋式を2つ設置して、洗面台、鏡などなどが新しくなり、ようやくふつうレベルに達することができて、ほっと胸をなでおろしています。

3つ入った施工業者が全員男性だったので、紅一点の私が犹箸た潅蓮淵據璽僉璽曠襯澄爾糧妙な位置とか荷物が置ける棚とか)爐砲海世錣辰董限られた予算の中でちょっとがんばりました。もちろん犁念すべき利用者第一号爐倭亜垢ら決めていた犲分爐任靴拭4偉擦靴人眛の、誰もいない早朝のことでした。はっきりいって感動しました(笑)。


2014/06/10(火)
★野生化しそうな勢いの「飼い猫タビー」














『 キジトラ猫(英名:マッカレルタビー)は、飼い猫の原種といわれる野生のリビアヤマネコに
一番近く野性味が色濃く残っているネコであーる 』

とは聞いていましたが、我が家のキジトラ猫で室内飼いのタビー(メス2歳半)も、温暖な気候になったいま、野生の本能を爆発させ、毎日のように猜豌阿ら屋外(境内)への脱走爐魴り返すようになりました。

一度外に出てフリーダムを味わうともうダメらしく、ふだんはフレンドリーで人なつっこく甘えん坊なネコなのに、活動モードに入ると「外に出してくれーーー」と大騒ぎするようになりました。

タビーは女の子だし、外には出さず、家の中(といっても庫裡や食堂、広い廊下などすべて解放)で安全に清潔に飼うという、箱入り娘ならぬ猗入りネコ娘爐硫罅垢療初のプランは見る影もありません。

はじめは犢気┐瓩肪算間の脱走爐世辰燭里、最近では一度脱走をすると境内のどこか、もしくは弥彦山に消え、平気で3〜4時間は姿を現さなくなりました。

日ごとに脱走のための知恵がついてきているタビーの犧膿靴涼α手口爐蓮朝のお勤めのために庫裡の玄関を出る長老さまを、見えない所で隠れて待ち伏せをして、長老が扉をあけた瞬間に、背後から鉄砲玉のように飛び出していくというパターンです。

「いやいやすごい勢いで飛び出していくんだよ、よっぽど出たいんだなあ、仕方ないなあ」
と、にやにやする長老。

フリーダムのほとぼりが冷めたと思われる頃を見計らって、私が境内に出て大声で「タァビィーー」と呼ぶと、どこからともなく「にゃあああん」と憎たらしいほどの犂鼎┐神辞爐鮟个靴道僂鮓修垢里任垢、

「コヤツ、もしかしたら、私が呼ばないと永遠に戻ってこないのかも」とうすうす思い始めた近ごろは、ついに2回に1回は境内で名前を呼んでも影をひそめて返事もしなくなりました。

脱走先の庫裡の縁の下で悠々と長ばっているタビーを運よく見つけると、連れ戻しに来たと察知したのか私のそばに寄って来つつも、捕まらないように犇佞舛磴鸛り爐澆燭い奮羚イ任修蹇爾辰髪鶸きに逃げようともします。

こうなるとニクらしくて、体の美しいシマ模様もだんだん私の苦手な爛マドウマのシマ模様爐澆燭い妨えてこなくもないです。
(このあいだ二階の窓から外を見ていたら、茶色の枯葉におおわれた崖の一部がなんか動いていると思ったらうちのネコでした。見事な保護色でした…)


活動的な飼いネコのために毎日、飼い主の足首を痛めてまで広い廊下で猛ダッシュで追いかけっこをしたり、忙しい夕食準備の合間をぬってかくれんぼに付き合ったり、ボールで遊んであげたりと、けっこうな労力と時間を捧げているにも関わらず、タビーが室内飼いに満足せず狠α常習犯爐砲覆辰討靴泙辰燭海箸任眸瓩靴い里法△気蕕膨匹ぢ任舛鬚けるようにタビーの皮膚に異変が…。

それは脱走を始めた同じ頃のこと、ある日タビー自慢のオフホワイト色の下アゴ一帯の毛に、黒いブツブツした粉が付きはじめて「なんだろう?土かな?」と思っていたら、みるみるうちに毛が抜け始め、黒いブツブツとピンクの皮膚が丸見えの爐ぱげ(ハゲ)爐出現してしまったのです。

「ダニ?アトピー?」

全身が皮膚病に犯された悲惨な姿のタビーを想像しながら、あわてていつもの動物病院に連れて行ったら、それは成猫にはつきものの「ネコアクネ」という現象で、その名のとおり爛優海離縫ビ爐任靴拭

「にちび(ニキビ)!!」

ネコにニキビができるなんて私は全く知りませんでした。

黒い粉みたいな土みたいなのは猝唳から出る脂肪のカス爐覆里世修Δ任后

「お年頃になっていっちょまえにニキビもできて、タビーったら成長したのね…」と思うわけもなく、せっかくのかわいい顔のアゴの部分がおぱげと黒いカスでボロボロじゃん!

先生のアドバイスに従い、黒カスをぬるま湯で浸したティッシュでやさしく毎日ふき取っても、あざ笑うかのように次の日にはふたたび、不気味な黒い脂肪のカスがにょきにょきと毛根から生えていて、治るどころか拡張を続けています。飼い主としてはかなりショックです。

にょきにょきと黒い脂肪のカスを出しながら、せっせと野外活動にいそしみ、体を砂だらけにしてクモのやじにまみれながら、ネズミや巨大な蛾と格闘する生き生きとしたタビー…


前に飼っていた黒猫ミャーゴみたいに「大人しいメス猫と屋内で静かに暮らす」という当初のプランとは激しく違う展開に、そもそも「こんな弥彦山の大自然の中に暮らしていて犲柴盪瑤き爐箸いΔ里鰐詰がある(実家両親談)」と言われればそれまでですが、ちょっと言葉がないです。

このままだと近い将来、一緒に暮らす我々の部屋は、タビーにとって「安全なねぐら」、「豊富なえさ場」くらいの位置づけになりかねない勢いです。いや、いつしか「ねぐら」も別になり、縁の下に置いたエサの皿だけが 朝見ると空になっている、姿を見たことがないけどどこかに居るみたいな牘討離優貝爐砲覆襪もです。しくしく…

というわけで、脱走常習犯となったうちのネコは確実に野生化しつつあり、リビアヤマネコならぬ爛筌劵灰筌泪優貝爐砲覆辰討靴泙Δもしれません。(このネコなら「それもあり得る話だ」と思っちゃうところが哀しい)

それはそうと、どんなに脱走&収容を繰り返そうとも、原則犲柴盪瑤ぐ飮爐魎咾海Δ函気をもむ私とは裏腹に、信じられないのは住職の夫の反応。

昔夫が子供のころ、お寺で飼っていた犹瑤じい離献腑鶚爐、弥彦山中を縄張りとする野良犬の群れと合流し猝鄒顕臭爐靴討靴泙辰燭箸いΕΕ修里茲Δ並慮海鮖つ夫は、

「こんな大自然の中に住んでいるのだからヤヒコヤマネコになっても仕方ないでしょ」
「タビーは野生力が強いネコだったということだよ。野生の本能とはそういうものさ、人間には止められないのさ」
と、やけに冷静なコメントを言ってのけます。


「タビーをジョンの二の舞にはしない!」

「タビーをヤヒコヤマネコにはさせない!」


固く誓う私です。



●画像左…最近のタビー
夕方、庫裡にある大きなテーブルの下でいつもこんなふうに長ばっています。暑くなったので近ごろはこんなだらーんとした格好ばかりです。にちびとおパゲがあるのでこれ以上のズーム画像はNGです。それにしてもやっぱり手足の縞(シマ)がカマドウマっぽくないですか?

脱走するわりに、まだ一度も我々のいる駐車場の「受付寺務所」には姿を現したことがありません。狷中我々が寺務所にいる爐箸い事実を、もしかしたらこのネコはまだ気づいていないのかもしれません。


●画像右…閉ざされた庫裡の玄関で外を眺めるタビー
あたし タビーちん。おじいちゃんをまってるの。いつもここでまっているとおじいちゃんが「よしよし出れ出れ」っていってドアをあけてくれるんだよ。でも「ふたりだけのないしょだよ」っていうの。ないしょってなにニャ?よくわかんないけどそとはだいすきだからいつもそとにだしてくれるおじいちゃんもだいすき。
(私コメント)
どうせそんなことじゃないかと思ってたんだ。だいたい長老の爐砲笋砲箚薛爐あやしいもん。


2014/05/25(日)
★ご本尊「阿弥陀如来」さま














ミンガラーバー ネーガウンラー(こんにちは、お元気ですか)。
図書館から教材(テキストとCD)を貸りてきて、近ごろ「ビルマ語」をちょっとかじっています。親しみのあるタイ語とはまったく違う丸っこいビルマ文字と、タイ語とはまったく違う音で聞こえてくるビルマの言葉に以前からずっと興味がありました。

タイでも北部やミャンマーと国境を接するエリアでは、ふつうにビルマ系の人々が暮らし、ビルマ料理の屋台や食堂があり、寺院もビルマ様式だったりします。(仏像の後光が倏票蠅陛転爐世辰燭蠅肇咼襯淺センスには笑いがこみあげてくる事が多い)

旅中で出会った狷逝里涼里譴覆ぅ咼襯泙諒源や言葉爐少しずつ、ほんのさわりだけど徐々に解明されていくことに、住職不在(川崎大師)のため留守番でひとりが多い受付寺務所で、胸をワクワクさせてひとりで盛り上がっています。

前からビルマ(ミャンマー)に行ってみたいのだけど、モノグサな私はビザ取得がめんどくさいがために行くのをためらっています。タイ人ならアセアンでフリーパスなのにね。(今、タイは海外旅行の一番人気がミャンマーと日本です)

行くならツアーとかじゃなく自由に回ってみたい。大東亜戦争の激戦地だったので慰霊碑もたくさんあるし(ただしインパール作戦のコヒマ・ディマプール方面は自由に旅行できない)、自分はメガネをかけているので「メガネをかけた仏像」の仏さま(いらっしゃるのです!ビルマ風センスよバンザーイ!)をお参りするのは私のちょっとした夢。


さて、10年に一度の「大開帳奉修」開催中(5月31日まで)の川崎大師へ助法に行っている住職の夫より届く犖獣肋霾鶚爐砲茲蠅泙垢函∨萃6時に行われる「勤行(朝のお勤め)」参加のために、夫は朝5時半には滞在している近所の寮からお大師さまへ徒歩で向かうのだけど、その時すでに境内は勤行後に授与される「赤札」を求める参拝者たちの牘欧里茲Δ蔑鶚爐できているそうです。

早朝一番の「赤札授与」でこの賑わいとはかなり驚かされますが、さらに夫が「たまげた」と言っているのが、午後4時の最後の法要の後の「赤札授与」だそう。なんでも毎日5000人以上!!が並び、最後の一人に赤札が授与されるまで続く読経は(これに住職の夫は参加している)永遠2時間近くにもおよぶそうです。毎日、毎回、数千名に赤札が授与されている間の長ーーい読経に少々お疲れ気味の様子でした。

前回か前々回の大開帳の時は、私も檀信徒の方々と一緒に「団参旅行」で川崎大師へお参りをしましたが、これほど混んではいなかったように記憶しています。元気なシニア世代が増えたからか、ちょっとしたお寺参りブームなのか、赤札が周知されたからか、10年に一度のお大師さまの「大開帳奉修」は回を増すごとに盛況さを増しているようです。


川崎大師の大開帳の話が出たところで今回は、当山のご本尊「阿弥陀如来」さまについてお話したいと思います。

当山西生寺のご本尊「阿弥陀如来像」は猗詈爐覆里如普段はそのお姿を拝観することはできません。川崎大師の10年毎の大開帳のように、御開帳期間を設けて「秘仏ご本尊」の御開帳をしています。西生寺の阿弥陀さまの場合、12年に一度の犹卩(ねずみ年)爐妨羈帳されています。

「12年に一度というと、うちの阿弥陀さまの次の御開帳はいつだろう?」

子年と言われてもちっともピンとこないので寺務所内に貼ってある前回の「御開帳のポスター」を見たところ、前回が平成20年(2008年)だったので、次の御開帳は2020年(平成32年)であるということが分かりました。

ということで、気付かないうちになにげに半分の年月(6年)が過ぎていました。ちょっと前に阿弥陀さまの御開帳を「おてら通信」で紹介したばかりと思っていたのに意外です。


さっそく、阿弥陀さまがお祀りされている阿弥陀堂の様子を画像に収めるため、久しぶりに外部からではなく「阿弥陀堂」の内部に入ってお参りをすることにしました。

阿弥陀堂は猖榮沖爐任垢里如△修領地も西生寺境内では最高の場所、坂や石段を登った先のもっとも奥、苔生す参道と美しい緑の木々に囲まれた静かな場所にあり、他のお堂とは違う静寂さが漂っています。

お堂に入る前に、阿弥陀如来さまと弥彦山と弥彦神社の関係について少々お話ししましょう。

まずは弥彦山系と阿弥陀如来の関係です。
越後平野にぽっかりとある猝鑄Щ碍蓮別鑄Щ海半し低めの国上山がラクダのこぶのようにつながっている)爐蓮⊆造論里ら牋ぬ鐶砲了貝爐噺世錣譴栃震遒吠襪蕕洪諭垢ら信仰されてきました。西に位置する弥彦山は西方浄土の方角であり、山越しに西方浄土から阿弥陀如来が迎えに来るという信仰が古来よりあったそうです。

さらに弥彦山にある「西生寺」のご本尊と、国上山にある「国上寺」のご本尊はともに秘仏「阿弥陀如来像」で、12年に一度の子年の御開帳も同じです。弥彦山系にある1200年以上の歴史を持つ2つの寺院のご本尊が、同じ秘仏「阿弥陀如来」さまであるという事も、阿弥陀の山と言われた由縁かもしれません。

同じく弥彦山の麓にある「弥彦神社」と阿弥陀如来の関係ですが、神社と仏教の仏さまとに何の関係があるの?と思われる方もおられるかもしれませんが、実はこういう歴史があります。

明治新政府で復活させた「天皇制」を強固なものにするための「神道国教化」を推し進めるため狄斉擦畔教の分離爐鯡椹悗掘結果的には仏教弾圧に近い暴力的な廃仏運動と化してしまうことになった「廃仏毀釈」が断行されるまでは、日本は仏教と神道を分けることをしない狄席習合爐箸いζ汎辰凌仰の伝統があったのです。

この神仏習合の信仰では「弥彦神社」の神さまである「お弥彦さま」の化身(本地仏という)は、昔から「阿弥陀如来」と決まっていたそうです。神社の敷地内には、本地仏の阿弥陀如来像を祀る「神宮寺」というお寺もあったそうです。(全国の神社でも本地仏を祀る寺が境内にあった)

明治の廃仏毀釈の時、神宮寺は取り潰され、祀っていたお弥彦さまの本地仏(阿弥陀如来像)にも「焼却命令」が出されたのですが、これに反対した寺院や大勢の村人が必死に阻止し、なんとか災難を免れた本地仏はいくつかの寺院を転々とした後、明治の中頃には、弥彦神社近くにある真言宗「宝光院」さまの阿弥陀堂にご安置されて現在にいたります。

阿弥陀如来に縁のある西生寺や弥彦神社、そして阿弥陀の山と呼ばれた弥彦山…。


というわけで脇の扉からお堂に入ります。
私が堂内に入るのは3月の彼岸中日に瓩りいく(仏さまのお食事膳)爐魃燭鵑任た以来という、ずいぶんな御無沙汰ぶり。

やわらかい照明に照らされて、ぽっと浮かんでいるように見える大日如来さまと薬師如来さまの脇仏(わきぶつ)が目に入り、薄暗い屋内でもきらびやかに光る金色の天蓋(てんがい)、そしてその奥には一瞬爐ょっ爐箸垢訛減澳兇鯤っている、黒光りした大きな箱がでーんとそびえている。これこそご本尊「阿弥陀如来像」がご安置されている「お厨子」です。

黒の漆地に渋い金色の模様が入った重厚な厨子の扉は、すき間もないくらいにぴっちり閉ざされていてその爐圓辰舛蟠餽膈爐「12年に一度しか御開帳されない秘仏である」ことを再認識させ、また「絶対に扉を開けてはならぬ」という阿弥陀さまの強い意志の表れに思えてもきます。

その扉の向こうに阿弥陀さまが鎮座しておられるのだと思うとなんだかテンションが上がってきます。御姿は見えずとも堂内は確かに牋ぬ鐶砲気泙梁減澳境爐任△佞譴討り、おだやかな阿弥陀さまの狄擁繊爐かもし出す、ゆったりとした空気に満ちています。

「お寺に行くと心が落ち着く」とおっしゃる方が多いですが、お寺で暮らしているとお寺が生活の場になるので、お寺に居るだけでは心が落ち着かなくなります。そこで、心を落ち着かせたい場合、その時の気分でしっくりくる場所を求めてお寺の境内&諸堂をさまようわけです。

普段、法要やご供養・ご祈祷を行う「客殿」は、霊力が強く気性の激しい愛染明王さまがお祀りされていて、私もなにかと仕事関係で客殿を出入りすることが多いので狄翰遒礎紊爐箸い心境にはなれません。

また「弘智堂」はご存じ、弘智法印即身仏さまがお祀りされているのですが、私にとっての弘智さまは、なまけグセのある私に対し「しっかり努めよ」と叱咤激励をしつつ見守ってくれているおそれ多い偉大な存在。ですから「弘智堂」で弘智さまとご対面をすると、私の邪悪な?心の中まで弘智さまに見透かされてしまっている気持ちになり、心の落ち着きを通り越し、背筋がシャンと伸びて「はい、改めます」と緊張でドキドキしてきます。

その点、阿弥陀さまは本当におやさしい。ご本尊さまという威厳に満ちたオーラもすごいですが、それに加えておだやかな慈悲のオーラが堂内いっぱいに満ちていて、すべてを許容してくれる感じです。

「いろいろあるだろうけど、ま、ゆっくりしていきなさい」と諭され、おだやかな阿弥陀さまのやさしさに包まれる感覚が安心感を与えてくれて、肩の力も抜けて心も落ち着きまったりできます。

「おだやかっていいよね…」

自分に欠ける爐だやかさ爐箸いΠ賁未鯤篏爾靴討れるかのような御本尊「阿弥陀如来」さまに、特に私は惹かれます。(そういえば私の干支の守り本尊も阿弥陀如来さまでした)

秘仏ゆえに「御開帳」以外の期間は、ゆっくりとお参りをしてゆく参拝者も少ない本堂「阿弥陀堂」は、凛とした仏の空気と静寂に満ちておりおすすめです。




●画像左…6年後に御開帳をひかえた「阿弥陀堂」のいま
外からお参りをする位置(お賽銭箱の前)から堂内を眺めた図です。左手前の額に入った仏像の写真は、2008年の御開帳の時に撮影したご本尊「阿弥陀如来」さまの御姿です。

阿弥陀さまのいらっしゃる阿弥陀堂に「御姿の写真」を設置したのは最近のことで、実は素人の域を超えた数々の木工作品を生み出している、実家の父の狒躰蟶遒蠅虜酩吻爐任后0柄阿らお参りをする人に「ふだんは拝見することができない牋ぬ鐶砲気泙慮羯儉爐鯏玄┐任たら」と思っていたのでうれしいです。(ナイスお父さん!)


●画像右…秘仏「阿弥陀如来像」がご安置されているお厨子
西生寺の阿弥陀さまは、何を隠そう爍浬店渋き爐砲覆辰討い泙后(くわしい事は、当HP「西生寺の紹介・縁起」のページをご覧ください)。核となるのは5センチほどの純金の阿弥陀仏で、こちらは狡業詈爐覆里蚤紂構賛Δ靴拝むことはできません。

住職の妻、寺庭であろうとも一生拝見することは叶わない「純金の阿弥陀仏」のさらなる詳細情報を求めて、住職の夫にしつこく尋ねてみると、柔和な表情をされていて小さいのにずっしりと重く爐海蹐鶚爐箸靴進さまとのことでした。
(私の想像⇒⇒ 手のひらサイズのバーバパパみたいな感じ)


2014/05/08(木)
★十年に一度、川崎大師「大開帳」が始まりました。















目にまぶしい新緑と咲き始めたつつじが境内を彩る西生寺を離れ、連休明けに久しぶりに牴竺Ν爐悗りてみたら、毎年のことなのですけど狹朕△┃爐終わったばかりの初々しい水田が広がり、乾いた土色の景色が一変していて感動しました。

水をたたえた美しい田園風景が続く豊穣の大地「越後平野」が今年も姿をあらわわして猜討匹海躾軍祗爐いっきに活気づいた感じがして、お米など作ったこともない部外者の私ですら心が躍ります。と同時に、

「偉い人たちが日本の米作りに対して上からなんだかんだと言っているけど、時間と体力と知恵を駆使して地面でお米を作っている農家の人たちにはかなわないよ」って思いが湧き上がってくる私でした。


さて5月に入り、私のふるさと地元川崎にある「川崎大師」では10年に一度の「大開帳奉修(赤札授与)」が始まりました。お参りや狎峪キ爐魑瓩瓩涜臉の参拝客がお大師さまを訪れ、連日かなりのにぎわいとなっているようです。

川崎大師とかお大師さまとか呼ばれていますが、正式名は「真言宗智山派 大本山 川崎大師平間寺(へいげんじ)」と言います。私たちと同じ真言宗智山派のお寺です。

総本山は京都の「智積院」で、その下に3つの狢臻椹貝爐あり、東京の高尾山、千葉の成田山新勝寺、そして川崎大師です。もちろん大師の名がついているように、御本尊さまは猝饅弘法大師爐任后

当山西生寺の住職も、若し頃、総本山の智積院で修行をして僧侶になってすぐに、初めてお勤め(就職)をしたのがこの川崎大師でして、それ以来お大師さまとのご縁が続いていて、住職自身も5月1日〜31日までの御開帳期間中は助法のため、新潟と川崎を行ったり来たりの日々が続きます。

この10年に一度の川崎大師の大開帳は、期間中にのみ特別に授与される御利益のある「赤札」が特に有名です。

爐伊勢参り爐任呂△蠅泙擦鵑、江戸時代にはすでに猝饅け爐罵名だった川崎大師の狃叔に一度の大開帳爐呂笋呂蠧段未世辰燭茲Δ如△寺参りをして赤札を授かるというパターンは江戸時代より定着していたようです。

江戸当時は爐い沈峪ゼ与があるのか爐泙辰燭分からなかったそうで、参拝客たちは朝早くからお大師さまを訪れて狎峪ゼ与の時爐泙念貽中お寺で過ごしたそうです。

この「赤札」については、川崎大師直伝の説明が手元にありますので、まずはそのまま紹介することにしましょう。

−『赤札』と申すお守りは、古来、吉例十年目毎に奉修される「大開帳」の期間中にかぎって授与されます。当山独特の由緒ある護符でございます。
この赤札は、ご本尊厄除弘法大師のご直筆になる「南無阿弥陀仏」の六字名号を版にとり、当山貫主が精進潔斎のうえ、熱祷をこめて、みずから一々手刷りなされたものであります。
古くから、この赤札を戴けば、無量の功徳を授かり、また罪障消滅してあまねく利益が得られるばかりでなく、一旦危急に面した場合にもあらたかな霊験の不思議があらわれる、と伝え信じられております。
この赤札を常に懐中して、お大師さまのありがたいご利益をいただかれますよう、祈念いたします。−


貫主さまが一枚一枚手刷りするという(大開帳までの10年間、ヒマ?をみてはこつこつと刷り続けるそうです)この「赤札」は、そのまま身に着けているだけでも災いから身を守ってくれるという、ありがたいご利益がありますが(西生寺の弘智法印即身仏さまの御衣と同じですね)、どうしてもという時に犂螻櫃鵜爐箸靴動むこともできます。

飲む場合は「南無阿弥陀仏」の六文字を下から一字だけちぎって飲みます。

とはいうものの…なんだかお大師さま直筆の狷醋軌ぬ鐶吠爐鬚舛ることが恐れおおい気がして、私は一度も赤札を飲んだことはありません。

授与される「赤札」は爐劼箸螳賈膈爐鳩茲泙辰討い董⇒0賣祿阿認められるのは妊婦さん。妊婦さんに限っておなかの赤ちゃんの分として2枚授与されるとのことです。(双子ちゃんなら3枚で5つ子ちゃんなら6枚もらえる?)


また大開帳に重なるようにして、川崎大師の「総受付地下ホール」で5月18日まで、およそ4年をかけて保存修復が行われた、ふだん目にすることができない寺宝の「弘法大師尊像」、「聖童子会図」などの仏画や屏風などの川崎市指定文化財21点を、修復を記念して展示した「川崎大師名宝展」が開催されていますのでお見逃しなく。(無料)。

この名宝展で展示中の文化財の中には、江戸時代の大開帳の様子を描いた「浮世絵」などもあり(画像右の赤札の下地がその複製画です)、当時も大変にぎわっていた大開帳の様子をうかがい知ることができ興味深いです。

江戸時代、江戸に暮らす人々の猝饅大師詣で爐旅堋は、品川から多摩川をめざし、羽田から渡し舟で多摩川を渡って川崎(東海道大師河原)側に入り、茶屋、料理屋、みやげ物屋、旅籠などが並ぶにぎやかな街道を行きました。もちろん全行程徒歩です。

浮世絵に出てくる狢膸娉聾境爐覆鵑特鰐召盧もそのままだし、川崎大師の門前で育った私としてはこういう歴史を知ると犹笋慮龍燭辰討大師さまを中心に発展していった地域なんだなあ爐箸いΔ海箸鵬めて気づくのです。

友だちと遊んだ大師公園や大師プール、通った大師中学校、買い物&バイトは大師商店街、乗り物は京急大師線と私の暮らしの大半に大師の名が。そんな大師っ子だった私もお大師さまのそばをはなれて丸24年、新潟暮らしの方が長くなりました。

そうそう「大開帳日参帳」なんていう帳面もあるんですよ。これは5月1日〜31日までの御開帳期間中、毎日参拝する、つまり日参する方のためのアイテムです。

日参をする理由は、大開帳に一度でも参拝すれば大きな御利益を授かるところ、毎日お参りをすれば更なる大きな御利益をいただけると昔からいわれているからです。夏休みの朝のラジオ体操ではありませんが、毎日お参りをするとこの日参帳に証印を押してくれます。毎日欠かさずに参拝を続けて「日参結願」をすると、お大師さまのお守りや記念品がもらえます。

「日参」は、川崎大師の近隣に住んでいる人たちを中心にけっこうポピュラーです。夕方までならいつ訪れてもかまいませんが、なかには朝6時からの犇亶圈覆つとめ)爐忙臆辰靴鴇攬をいただいてから、毎日会社に出勤するという信心深い現役世代の方もおられます。(なかなか真似できることではありません)


最後になりますが江戸時代に猝饅大師詣でをした人々爐詠んだ「川柳」が、智山青年連合会の機関誌に紹介されていて面白いのでいくつか紹介したいと思います。
勝手に題して「厄除けと江戸庶民」。


・『二十五と四十二でこむ渡し舟』(男性の厄年25歳と42歳で混む多摩川の渡し舟)

・『品川で厄を除けると太い奴』(川崎へ厄除けに行くと称し途中の品川の女郎屋で遊んで帰る)

・『九や三を二が連れてゆく萬年屋』
(42の厄男が19や33の厄年の女を連れて行く。萬年屋は奈良茶で有名な茶屋。めでたい屋号から厄除けの参拝者で大繁盛したという)

・『大師河原行った間に女房逃げ』(厄除けに行っている間に女房に逃げられてしまった)


いかがでしたか。みなさんも10年に一度の川崎大師の大開帳をお参りして、大変ご利益のある「赤札」を授かってみてはいかがでしょう。京急川崎大師駅前から表参道・仲見世通りもにぎやかです。名物の爐ずもち爐鬚みやげにどうぞ(少々重たいですが)。

「ちょっと遠くてなかなかお参りできない」という方にはお大師さまの公式ホームページでも閲覧してみてはいかがでしょうか。「川崎大師はなんで平間寺(へいげんじ)と呼ばれているのだろう?」みたいなギモンも解けます。始めたばかりだという公式フェイスブックもあります。
http://www.Kawasakidaishi.com/



●画像右…今回の大開帳でいただいた3枚の「赤札」
といっても私が川崎大師へ行ったわけではなく、5月1日の大開帳初日の法要から助法に行っていた住職が持ち帰った赤札です。5月1日から3日間お勤めをしたので3枚もらったそうです。一枚を私用にもらい、弘智さまの御衣と一緒にお財布に入れて大切に持ち歩くことにしました。

赤札の下地になっている浮世絵は、江戸時代の大開帳の様子を描いたものです。大師河原とのれんがあり、受付みたいな場所に居るのは市川団十郎や坂東玉三郎と記された大人気の歌舞伎役者たちです。狷参講爐了も見られます。


2014/04/23(水)
★祝『市道寺泊1号線バイパス』開通!














4月20日 日曜日、青空の下で桜吹雪の舞う「受付寺務所」。留守番をしている私の耳にも午後1時30分きっかりに、開催中の「道路開通式」での爐祝い打ち上げ花火爐隆イい寝擦はっきりと聞こえてきました。

「(開通式は)今ごろ盛り上がっているんだろうなあ…」

というわけで 祝『市道寺泊1号線バイパス』 開通です!

待ちに待って30年、ようやく『弥彦山スカイライン』と『R402号線(シーサイドライン)』をつなぐ新しい『バイパス道路』が開通しました。

野積地区内に暮らす人々にとってはこれまで、村の狭い道路にバスや世間の車が多く通行するため爛ケンなすれ違い爐覆匹発生していたけれど、これからはそんな車両はみんなバイパスを通ることになるので「安全な生活道路」となったわけです。

村から離れた弥彦山の中に暮らしている我々住民(三ヶ寺)にとっては、ウソみたいにすーっと牴竺Ν爐惺澆蠅胴圓韻襦嵜靴靴だ験萋始の誕生」となり、同時に多くの観光客や参詣者が訪れる西生寺にとっては「新しい観光道路の誕生」とも言えます。


これまでは村中の『狭くてくねくねした道』しかなく、マイクロや大型バスの運転手さんに道を訊かれると、ちょっと自嘲気味に「狭くて申し訳ないのですが、なんとか運転技術でカバーしてください」とか、「なにせ地方の田舎なもので新しい道をつけるのもいつになるやら…」など、大変に心苦しかった狷三篤皚爐癲△かげさまでこれからはかなりさわやかに「そのまま道なりです」みたいにさらっと案内できそうです。(あー早くこのセリフ言ってみたい)


「バイパス計画」があったことなども、望んでいた自分すらすっかり忘れちゃうくらい年月がかかったけど、粘り強く交渉を続けてくれた地元の方や関係者の方には「忘れずによくぞ造ってくれました」と感謝の気持ちでいっぱいです。

「村中を通らなくて済むバイパスがあったらいいのにね」と希望した時代から含めて狷始一本爐任海海泙濃廚てれたのは人生初のことでした。

新設の吉報に喜び、工事着工からは完成を心待ちに通るたびに「どんな道ができるのかな」とワクワクしながら工事を見守り8カ月、ついに完成した『市道寺泊1号線バイパス』です。ずっとずっと大切に牋Δ任襪茲Δ豊狡未蠅燭い隼廚い泙后

これからはおでかけに最高の季節となります。休日の一日を皆さんもどうぞ「新バイパス」を通って若葉の芽吹きが始まった狄稽个寮樟源爐鯔れてみてはいかがでしょうか。お待ちしております。


と、ここまで書いてなんとなくこれで更新できちゃうかなと思っていた午後4時すぎ、「開通式」とその後に村の民宿の大広間で行われた「祝う会」に参加していた住職が高揚した顔で帰って来ました。

「いやあ、祝賀会、超盛り上がっちゃってさあ、すごい事になってたよ!おっかしなあ(可笑しいなあ)」

なんでも、宴会の最中に爛▲肇薀ション爐半里掘太鼓と笛の生演奏が始まったかと思ったら急に、村の盆踊りの会「ナスの皮の会」の揃いのはっぴを着た踊り手のお母ちゃん達がぞろぞろと部屋に入ってきて、宴会のテーブルを囲むように「野積盆踊り唄」に合わせ犲慢の野積盆踊り爐鮖呂瓩燭修Α

「♪盆だてがんねナスの皮のぞうせい(お盆だというのにナスの皮の雑炊だよ)〜」
ピーヒャラピーヒャラ♪トコトントン♪

で、長岡市長さんを含む多くの宴客をやでまか(強引に)踊りに引き込み、または野積の血が騒ぎ猴戮蕕困砲呂い蕕譴覆なった宴客たち爐次々と踊りの輪に参加、大広間は即席の盆踊り会場と化すという、戦国時代の「大河ドラマ」のワンシーンのような(よし、俺も踊るぞ!みたいな)ものすごい展開になったそうです。

またノリノリになった市長さんがこれまた急に始まった「カラオケ大会」で歌を3曲も披露したり、この日「道路開通を祝う会」は牋めや唄えや踊れや爐里燭い修Δ砲やかな宴となったそうです。めでたし。めでたし。
個人的には、きっと心の中では「ここは本当にあの中核都市の長岡か」とたいそう驚いたと思うけど、強烈な狹租的野積のノリ爐砲ちんとついてきた長岡市長さんてエライ!と思いました(笑)。




≪住職撮影「開通式」や「祝う会」の様子≫
デジカメで住職の夫が「開通式」や「祝う会」の様子を撮ってきたので一部を紹介します。開通式では「よさこい踊り」なども披露されたそうです。私も含めて老若男女の猝鄒冀篭莉嗣荏軅爐如⊃靴靴できたバイパス道路の開通を祝った雰囲気がみなさんに伝わればうれしいです。
それにしても「開通式」が晴れて本当に良かったです。(翌日は一日中雨だった)

そうそう、前回のおてら通信でツッコミかけてやめた犹泊1号線の「1号」の意味爐蓮△笋辰僂雖犹泊での新しい道路第1号爐箸いΠ嫐でした。道路交通網が早くから整っている日本では、補修とか拡幅とかではなく爐泙辰燭の新しい道路爐箸いΔ里呂修Δ和い蕕覆い發里覆里世修Δ任后

●画像左…ひと目で分かる「市道寺泊1号線バイパス」全容
式典当日にいただいた「パンフレット」の表紙に、めったに見ることのない貴重な航空写真を見つけたので載せました。手前左右に伸びている道路が「国道402号線(シーサイドライン)」です。新しい舗装道路が「バイパス」で、そのまま道続きでひょろひょろと左上へ伸びているのが西生寺と「弥彦山スカイライン」へ続く道です。
スカイラインから下って国道402号線(シーサイドライン)につきあたる地点の「標識」には左折「柏崎・寺泊港」、右折「新潟・シーサイドライン」と書いてありました。


●画像右…お決まりの「テープカット」
テープカットの左から3番目(真ん中)の人物が我が長岡市の森市長さんです(現在「全国市長会」の会長2期目を務めています)。このあとの「祝う会」で、市長3期目にして初となる猝鄒僂寮礼爐鮗けることになるとは露ほども知らぬ晴れやかな笑顔です。後ろに見える「風船飛ばし隊」の野積っ子たちが持ったカラフルな風船もお祭りムードを演出。


2014/04/23(水)
★祝!市道寺泊1号線バイパス:「開通式」スナップ写真














●画像左…式で披露された「和太鼓」
「道路のど真ん中で和太鼓を叩く図」はちょっとめずらしくないですか。勇壮な太鼓の音が聞こえてきそうです。

●画像右…お決まりの渡り初め「パレード」
開通式ハイライトの渡り初め(走り初め?)。海沿いの国道402号線方面からスカイラインへ向かって狄百メートルの新道爐鬟僖肇ーの先導でゆーっくりと進み、ぐるっと一周したあと車列はそのまま「祝う会」会場の村中の民宿へと向かったそうです。


2014/04/23(水)
★祝!市道寺泊1号線バイパス:「祝う会」スナップ写真














●画像左…「祝う会」の様子
盆だてがんねナスの皮の雑炊〜♪
「お盆なのに御馳走も作れずいつものナスの皮入りの雑炊を食べるよ」というインパクトのある歌詞で、村の暮らしが貧しかった江戸時代とかそれくらいの大昔から、戦後昭和ごろまで野積の村人に唄い踊り継がれてきたのが「野積盆踊り」です。廃れかけそうになった平成の近年、野積の有志が集まり「ナスの皮の会」として唄と踊りを復活させました。

この伝統的な唄に合わせて祝う会の最大のアトラクション「ナスの皮の会」メンバーによる野積盆踊りが始まり…

●画像右…「祝う会」の様子
…そしてこうなりました(笑)。野積の人たちって昔から本当に牘瓦辰突戮覬祺餃爐大好きなのです(法事や結婚式の宴席も延々と続くのが伝統)。私はこの画像を見て、ふと、愉快で愉快でたまらずに踊り出した鬼たちの話、日本昔話の「こぶとりじいさん」を思い出しました。


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