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1.開創と御本尊
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開 山 天平5年(西暦733年)
開 祖 行基菩薩(ぎょうきぼさつ)
御本尊 上品上生阿弥陀如来仏
(じょうぼんじょうしょうあみだにょらいぶつ)
真 言 オンアミリタテイセイカラウン
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※阿弥陀堂の内陣
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当山の御本尊「阿弥陀如来仏」は秘仏とされております。普段は上の写真のように厨子の中に収められ、扉が閉ざされておりその御姿を拝見する事は出来ませんが、12年に1度の子年には1ヶ月間にわたり御開帳されます。次回は2020年です。
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御本尊「阿弥陀如来像」の由来と御利益
◆3000年前「御本尊」鋳造
西生寺の御本尊は※上品上生(じょうぼんじょうしょう)の阿弥陀仏で、今からおよそ3,000年前にインドで鋳造(ちゅうぞう)された、一寸八分(約5センチ)の純金仏です。この小さな純金の阿弥陀仏が御本尊「阿弥陀」さまの一番最初のお姿です。
※「上品上生」とは最上級という意味で「上品下生」などもあるそうです。
この純金阿弥陀仏誕生のいきさつを、もう少し詳しく言いますと、インドのお金持ちの「月蓋(げつがい)長者」という人が、病気の娘の為に砂金を採り、その砂金「エンブ檀金(だんごん)」を使って鋳造した純金仏と言われています。この純金の阿弥陀如来仏が日本へ、そして弥彦山中腹の清水平(しみずだいら)にご安置されていたのだそうです。
言い伝えによると、その純金仏が「神光飛来」により弥彦山に安置されたとも(つまり神様がインドから飛ばしたということ)、「第12代景行天皇」の時代に、ご因縁により日本に伝わってきた純金仏が、弥彦山中腹に安置されたとも伝えられています。ちなみに弥彦山は「昔から阿弥陀信仰の山だった」との一説もあります。これ以上詳しい事は分からず、あくまでも言い伝えによります。
◆「三重構造」の阿弥陀如来像となる
奈良時代(西暦733年)に純金阿弥陀仏のお祀りされている伽藍(がらん)を弥彦山中腹より移動(南下)させた「行基(ぎょうき)上人」が、自らの手で阿弥陀如来像を彫り上げました。この彫り上げた木像の阿弥陀仏の中に「お腹こもり(内仏)」として、インドから飛来したと言われる純金仏を収めました。
そして、いつの頃かははっきりとしないのですが、御本尊の阿弥陀さまは、行基(上人)の彫った木像の阿弥陀仏をさらに大きく包む形で、現在の「三重構造」の阿弥陀如来像となりました。さらに「脇仏(わきぶつ)」として左に「大日如来像」、右に「薬師如来像」がお祀りされました。それ以降、当山の御本尊「阿弥陀如来仏」は秘仏とされ、12年に一度の子年にのみ期間を設けて、御開帳を行ってきました。
◆12年に一度の「御開帳」とその「御利益」
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西生寺御本尊阿弥陀如来仏は「秘仏」です。「子年(ねどし)」の御開帳期間以外の12年間はずっと御厨子の扉が閉ざされたままとなっていて、そのお姿を拝むことはできません。西生寺の阿弥陀さまはこれまでお話してきたように「三重(じゅう)構造」になっています。
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| ※右の画像…2008年秋の御開帳の時に撮影された御本尊「阿弥陀如来」のお姿です。実は「御閉帳」直前に撮影したため、手元に結ばれていた五色の綱はすでに外された状態となっています。 |
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12年に一度の「御開帳」で私たちが拝見できる阿弥陀さまは、一番表側の阿弥陀仏像です(上の写真)。中間(2番目)の阿弥陀仏像は、行基(上人)が彫った木像の阿弥陀仏ですが、この阿弥陀さまは構造上、拝見する事はできません。そして中心の(核になっている)「お腹ごもり」の阿弥陀仏像は、インドから飛来した約5センチの純金仏の阿弥陀さまなのですが、そのお姿も拝見することはできません。
この小さな五センチほどの純金の阿弥陀さまが西生寺の超々御本尊さまと言えるのですが、構造上拝見することは可能です。しかしこちらは「御開帳なしの絶対の秘仏」とされており、昔から住職とお弟子以外は拝見することはできません。お寺に暮らす家族ですら絶対に見る事は許されない仏さまなのです。
御開帳期間中は厨子の扉が開かれ、阿弥陀さまのお姿を直接拝むことができます。そしてある仕掛けが御開帳期間中は施されます。それは阿弥陀さまの手に結ばれた五色の綱をお堂の外まで伸ばすのです。その綱に触ると綱でつながっている阿弥陀さまに触れるのと同じ御利益が得られるとされています。
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2.縁起
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約300年前に総本山智積院の第11世覚眼僧正により書かれた当山の大縁起史によると、西生寺のご本尊は今からおよそ3000年前にインドで鋳造された約6センチの純金仏で弥彦山中腹の清水平(しみずだいら)に安置されていました。
この純金仏はその後、奈良時代の聖武天皇の時に、開祖である行基菩薩自らが刻んだ木像の阿弥陀如来像のなかに「お腹ごもり」の秘仏として収められ、現在までお祀りされています。
およそ1270年前の開創当時、弥彦山中腹の清水平に建立された西生寺はご本尊とともに、久安元年(1145年)に南都興福寺の寿奎上人(じゅけいしょうにん)の手により現在の境内に移築されました。
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京都にある本山「智積院」の第11世の管主さま「覚眼僧正」により、約300年前に書かれた、西生寺の「大縁起史(宝物堂に展示)」を手がかりにもう少しくわしくたどってみたいと思います。
西生寺の開基から現在まで
◆1276年前「西生寺開基」※天平5年(西暦733年)
奈良時代に「行基上人」が、清水平から同じく弥彦山の飛峯(とびがみね)に、純金阿弥陀仏のお祀りされている伽藍(がらん)を移動(南下)させました。飛峯(とびがみね)は現在の西生寺の位置の目と鼻の先、少し北側になります。この飛峯(とびがみね)という地名は、インドにも同名の地名があってその地は「阿弥陀如来発祥の地」と言われているそうです。
行基上人は、次に自らの手で阿弥陀如来像を彫り上げ、木像の阿弥陀仏の中に「お腹こもり(内仏)」として、インドから飛来したと言われる純金仏を収めました。
純金仏をお腹(はら)こもりとする「阿弥陀如来仏」が、飛峯(とびがみね)の伽藍に安置され、御本尊としてお祀りされた時点を、西生寺のはじまりである「開基」としています。それが今から1276年前の奈良時代。聖武天皇の頃の天平5年で、西暦に直すと733年です。
※時代の目安としては749年(9月)に2年の歳月をかけた東大寺大仏の鋳造が終わっています。
※この行基(上人)は西暦749年2月に80歳で亡くなっています。
◆864年前「現在の場所へ」※久安元年(西暦1145年)
平安時代の後期、久安元年(1145年)、つまり今から863年前に、奈良興福寺の「寿圭(じゅけい)上人」の手により、阿弥陀如来仏は、飛峯(とびがみね)から現在の西生寺の場所に移ってきました。この時、伽藍や境内が大きく整備されました。
◆646年前「弘智法印即身仏」御入定※(西暦1363年)
その後鎌倉時代の1363年には、当山奥の院での厳しい3千日の修行を終えて、「弘智法印」が御入定を果たし即身仏となられ、人々の信仰を集め現在に至ります。(くわしくは「弘智法印即身仏」のページをご覧ください。)
その他、西生寺には親鸞上人や松尾芭蕉、良寛和尚さんなどが訪れ、それぞれ軌跡を残しています。
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3.年間行事
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●月例行事
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不動明王縁日
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法話会(PM1:00〜)
大護摩供法要(PM1:30〜) |
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※新潟市西堀6番町「弘願寺」道場にて
※お問い合わせは西生寺まで
●吉例大開帳
| 12年に1度、子年(ねずみ年)に御本尊阿弥陀如来仏の御開帳法要があります。 |
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4.「護摩祈祷と法話会」のご案内
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不動明王ご真言
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『のうまくさまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん』 |
※屋上の巨大な大師像が目印です。
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毎月、お不動様のご縁日である28日の午後1時より、新潟市内の古町6番町のお寺「弘願寺」にて法話会と護摩祈祷を開催しております。弘願寺は当山の住職が兼務しているお寺で、御本尊は「不動明王」です。
西生寺とは違い繁華街のど真ん中にある非常に交通の便が良いお寺ですので、どなたでもお気軽にご参加いただけます。事前連絡なしでの当日ふらり参加も大歓迎です。
買い物の途中に、ランチの後に、気軽にお参りください。たまにはお寺でのんびりとこころの休息していきませんか。 |
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日時 :毎月28日 午後1時より(終了午後3時)
場所 :真言宗智山派 新潟山 弘願寺
受付 :各種祈祷(護摩木1本350円)
内容 :住職による法話
「智山勤行式」の読経
護摩祈祷
茶話会
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【問合せ先】行き方や場所の説明などは西生寺まで。
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※護摩祈祷の様子 |
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5.「出張法話」のご案内
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◆セミナーや講演で「法話」を取り入れてみませんか?
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●安心(あんじん)やすらぎの心
わかりやすくて面白くてなるほど納得。
主に高齢者を対象に、身近な話題から仏教の教えをリズミカルにわかりやすく説いた住職の法話は、聞いた後に心が軽くなり、笑顔で元気になれます。
いつもの考え方の視点をちょっと変えるだけで 軽やかに楽しく豊かに生きられる、そんなヒントがいっぱいの法話です。
せち辛いこの現代社会では、悩みは尽きる事無く、我々はつい不安やストレスで心が乱されがちですが、たった1度きりの人生なのです、同じ生きるのならあるがままの現実を前向きにさらりと受け入れて、少しでも心軽く、無駄に悩まず落ち込まず、シンプルに明るく悠々と生きたいものです。
毎日の生活の中で常に「笑顔」と「お陰さまの感謝の気持ち」を忘れずに。 |
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◆プロフィール
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真言宗智山派布教師
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阿刀 隆峰 (あとう りゅうほう) |
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これまでの主な講演活動
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本山による寺院布教
社会福祉協議会、 特養老人ホーム
公民館、各老人クラブ
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主な法話内容
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安心(あんじん)やすらぎの心
信仰の中に生きる喜びなど
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法話依頼 について
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西生寺までご連絡ください。 |
6.書籍のご案内
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『飲めばわかる死ぬのが怖くなくなる薬です』 |
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真言宗智山派の布教師としての布教活動を積極的にこなし、また企業の講師としても長きにわたり全国で活躍を続けてきた当山の長老である阿刀隆信大僧正が、その活動の中で揺るぎない信念を持って力強く説いてきた事、それをこのたび本人自らが一冊の本にまとめました。
自らの肉体もガンに侵される中で書き上げた、阿刀隆信の人生の集大成ともいえるこん身の一冊です。
著 :阿刀 隆信(あとう りゅうしん)
頁数 :87頁
定価 :1,000円(税込み)
発行 :平成13年4月1日
【購入&問合せ先】
西生寺の寺務所受付けでのみの販売となりますので、欲しい方で来られない方は、電話にてお申し込みください。
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